世界から戦争、貧困、飢餓を
なくすために
――渡部陽一さんが語る戦争とSDGs Part2――
今回は戦争・紛争とSDGsについてのお話の2回目です。前回に引き続き、戦場カメラマンである渡部陽一さんに「戦争、貧困、飢餓をなくす方法」について伺います。
渡部さんは戦争をなくす方法として、独自の考えを持っている方でした。私たちにもできる世界から戦争・紛争をなくす方法をお伝えします。
【Profile】渡部 陽一(わたなべ よういち)さん
戦場カメラマン。学生時代から世界の紛争地域を専門に取材を続ける。戦場の悲劇、そこで暮らす人々の生きた声に耳を傾け、極限の状況に立たされる家族の絆を見据える。イラク戦争では米軍従軍(EMBED)取材を経験。これまでの主な取材地はイラク戦争のほかルワンダ内戦、コソボ紛争など。
戦争が後世に残すものは
――戦争や紛争は勝っても負けても遺恨が残るものだと思います。戦いの後に残るものにはどんなものがあるのでしょうか?
戦場カメラマンとして世界中の戦場・紛争地を、直接自分の目で確認して記録に残し、たくさんの方に届ける仕事を約30年間続けてきた中で、どの戦争でも変わらなかったことがあります。
それは戦争の犠牲者はいつも子供たちということです。これがどの戦争でも変わらない残虐な現実です。
ロシア・ウクライナ戦争でも中東のシリア内戦でも、イラク戦争でも、コロンビア内戦でも、ユーゴスラビア紛争でも、スーダンのダルフール紛争でも、どの戦争でも変わらなかったこと。これが戦場カメラマンとして、たくさんの方に知ってほしい、気づいてほしい戦場からの大切なメッセージです。
そして戦争というものは戦う兵士たちが、その戦争で戦い、お互いの命を奪い合う戦いだけではありません。
その戦いによってその土地に残された傷跡、さらには使用された化学兵器による影響で、戦いが終わっているにも関わらず、その土地で新しく生まれてくるたくさんの命が危険にさらされていく「第二の戦争」というものが世界中で今でも続いています。
例えば中東のイラク。1991年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争は、アメリカの当時のブッシュ大統領が、イラクのサダム・フセイン大統領と激突したことで始まりました。
この戦争では戦いの最中、イラク国民が気付かないうちに危険な化学兵器が戦争中打ち込まれていました。その化学兵器の名前は「劣化ウラン弾」。その兵器の効果が出始めたのは、戦いが終わった後です。
戦争が終わりイラク復興への一歩を踏み出した時、悲しい事件が次々と起き始めました。新しく生まれてくる命に問題が出たのです。
生まれてきたばかりの赤ちゃんを、お父さんとお母さんが抱きかかえても、赤ちゃんの体が動かない。赤ちゃんの目が見えない。赤ちゃんが白血病にかかっている。このようなことが、次々と出てきました。
使用された化学兵器の影響で、イラクの土地、川の水、果物、お米などに、知らないうちに劣化ウランが潜り込んでいき、イラクに暮らしているたくさんの方々の体内に入ってしまったのです。化学兵器の傷跡が、次々と新しい命に降り掛かってきている。
戦争というものは目に見える残虐な現状だけではなく、そこに残された様々な化学兵器の影響というものが地球規模で今も続いています。かつてのベトナム戦争も同じ輪郭、戦い方の構図でした。使われた兵器による悲しみの連鎖があり、イラクと同じように今もまだ続いています。
戦争でこれからも化学兵器は使われていくのか
――化学兵器というのは、そんなにも長い間影響を与えるものなのですね。これは今後も使われるのでしょうか?
地球規模で戦争というもの自体を、国際法で戦争放棄、外交交渉、民間でのつながりで戦いを、できる限り無くしていこうという動きがあります。
特に核兵器や化学兵器は、世界規模で政治や民族や宗教関係なく、地球上から地球破壊を引き起こしてしまう残虐な兵器。それを抑えようとしているところです。
ですが侵略戦争という戦い方は、国際法機や世界の協約、平和条約というものは一切通用しません。すべて無視をして平気で残虐な化学兵器を使ってきます。
さらにロシアは国際的な刑事裁判所や司法裁判所に加盟していません。加盟していないので、国際法機でジャッジしている事柄に対して、蚊帳の外にいる国といえます。その立場を利用して、残虐なジェノサイドを行なっている。
私たちが今生きている2022年の現代で、100年前に行われていたような侵略戦争が起こっているのです。
実際世界は、ロシアに対してどう対峙したらいいのかに悩んでいます。
ロシアが加盟国であれば、ルールを守りなさいということを伝えられますが、加盟国ではないため伝えられません。ロシアを加盟させなかった結果、今回のことが起きてしまったと言っても過言ではありません。
国際政治、地球上の連帯というものは、情報や物流の速さが尋常ではない中、自分の国を守り、外交の友好国を守ることも国の単位ではできなくなりました。
それゆえに今の国際政治のパワーバランスは、地域の同盟、連帯、欧州地域、アフリカ中東、アジア地域、ヨーロッパ、アメリカ地域というように地域ごとの連帯で、お互いのバランスを保っていくようになったのです。
一つの国が対峙することではもう対処できないため、孤立させないように困っている国があれば経済的に支援を行い、外交的に強権体制が出てきた時には選挙活動で支援するというように、360度のオープンマインドの連帯というものが世界で行えるようになっています。
今の世界から戦争をなくす方法とは
――今の世界から戦争をなくすことはできるでしょうか?
日本で暮らしていると国際報道のニュース、戦争の映像を見ても遠い国で起こっている戦争、自分達にはそんな残虐な事とは無関係だと思っているところはありませんか。ですが日本にいてもできることはあります。なにか支援できるのであれば支援していく。それは、どの国でも日本でもできることです。
とはいっても、支援をするぞと意気込むのは難しいと思うかもしれません。それなら「これってなんだろう」「これを触れてみたい」「これを聞いてみたい」「本当は自分はこんなことが好きで、本当はこれをやってみたいんだ」と日常の暮らしの中で、自分達がこれをやりたいと思ったことをどんどんやってみるのはどうでしょう。それが時間はかかっても、世界と繋がっていく大切なスイッチになります。
僕はカメラマンになる前、幼少期の頃に故郷の静岡県富士市で、子供ながらに疑問に思っていたことがあるんです。それは地元のスーパーや駅に置かれている募金箱。
募金箱にチャリンとお金を入れさせて頂いた時、「この募金、本当に世界の子供たちに届いているのだろうか?」と、ずっと疑問に思っていました。
それから大人になり、カメラマンとして世界中を飛び回るようになった時、子供の時に思っていた「これってなんだろう」「募金って本当に世界の子供達に届いているんだろうか」ということを確認するために、カメラを持って、入れた募金箱のその後を追いかけて行ったんです。
すると入れた募金が本当に日本から離れて行き、西アフリカのガーナという国の、森の中で暮らしている子供達の制服に切り替わっていったんです。
「募金が本当に子供たちに届いていた!」「それを自分の目で確認することができた!」子供の時の疑問がストンと体の中に落ちてきて、それ以来もっともっと募金を入れるようになりました。
この疑問に思っていたこと、実際にこれを試してみようと思いやってみたこと。それによってガーナと繋がった、それ以来もっともっと入れるようになった。
このスイッチ(流れ)は、私の場合は募金でしたが、他のものの場合もあると思います。本が好きでなら本であったり、映画が好きなら映画、アニメでもゲームでも釣りでもサイクリングでもなんでもいいのです。
子供や大人も年齢性別問わず、やりたいことをどんどんやってみると、そこから実は色々な国が繋がっていることに、大好きだからこそ気づくことができます。
例えばファッションであれば、日本の服が好きだなと思ってみていると、実はその製法の技術は南アジアのバングラディシュであったり、インド東部であったり、ということに気付けます。
その技術を持っている国が、この美しいファッションを組み立ててくれているんだと思うと、その国に対しても興味が湧いてきますよね?
さらに追いかけてみると、その技術はどんな流通でこの色を立てているのかにも興味が出てくるかもしれません。そして染色の技術が実はアフリカの技術ということにも気づけます。
こうやって世界の色んな所と繋がっていくのです。
――自分の好きなことを突き詰めると世界と繋がるということでしょうか?
そうです。自分の好きなことを突き詰めていくと、好きなので熱中してきて、熱中すると疲れ知らずになり、その疲れ知らずに調べることや試すことが増え、知識や調べる時間や行動するフィールドワークが自分の中にどんどん深まってきて、自分では意識していないうちに専門家の領域に入ってくるんですね。
その領域に入ってくると、仕事とか勉強とか抜きにして、そのことが大好きなので自分だけのマイウェイが入ってきて、それを突き詰めていくと、実は自分が好きだったことって日本だけのことじゃ無かったんだ、という気付きに繋がります。
例えばキルティングのキルトのデザインってウクライナとポーランドの文化のことが関係しています。
じゃあウクライナって、なんでそのキルトのデザインを作ったんだ?
それって宗教観が関わっている?
宗教って何教?
ウクライナ正教、ロシア正教。え、これってキリスト教なのか?
いや、調べるとキリスト教は分裂して、東方正教会、ビザンツ帝国、東方正教会から派生している。
という色々なことが入ってくるんですね。
このやりたいことをやってみようという一歩は、熱中する力によって世界を繋げていく、気づかせてくれるスイッチになる。
僕は募金という入口からガーナと繋がりました。でもファッションや音楽、HIPHOP、レゲエ、クラシックでもいい。車が好きなのであればレースのことで、西アフリカ方面とも繋がることになる。
好きなことをどんどんやってみよう。これが世界に気づける、繋がれる入口です。大切なゲートになると感じていますね。
なにか力んで勉強しよう、図書館に篭ってよし調べるぞとかではなく、やりたい事は疲れないので熱中しますし、無意識に中に入っていける。無の境地で熱中できる。これは最大の学ぶ力だと思います。
世界を繋げてくれる架け橋のあるスイッチは、やりたい事をやってみよう、そこが入口。メインロードになると感じています。
今は情報の力が発展していますよね。
例えばユーチューバーとかティックトッカーとかは、自分のやりたいことを特化させているように見えます。
最初の頃はYouTubeやTikTokといったSNSは、まだまだ認知されていないと思って皆距離を置いていました。でもやりたいことを突きつけて、突き抜けていくと、一つの世界観であったり、魅力であったり、ある面、革命的な社会構造を変えていくようなスイッチに繋がっています。
それはやっぱり自分が大好きだからできることです。周りの目や生活もありますが、関係なく突き抜けていく。
これは情報の力、SNSの力として、一つの情報革命の時だと感じましたね。やりたい事をやっていくと、やっぱり力が湧いてくる。そして長い間続けることができる。
この続けていく力が大切ですし、生きていく、世界を繋げていく上での土台になると思いますね。
――この世界を繋げていく事が戦争を無くすことにも繋がっていくのでしょうか?
繋がっていくと僕は感じています。相手のことをわかると、もう恐怖心が無くなってくるんですね。
相手の方はこういう考え方をする文化なんだ。こんな表情をしていた時には、ちょっと怖そうだけど、決して怒ったりしてるわけじゃないんだ。こういう動き方がちょっと分からなかったけれども、こういうバックボーンの宗教観で動いているんだ。というふうに、相手のことがわかってくると恐怖心が無くなって、親近感が湧いてくるんですね。
知れば知るほど仲良くなっていったり、その違いに驚いて嬉しくなったり、驚いたことがまた次のステップへの「え、なんでだろう?」に繋がっていく。そうして繋がっていくと、戦争もなくなっていくと私は思っています。
世界を繋げる架け橋をつくるには
――世界を繋げる架け橋を作るには具体的にはどうすればいいのでしょうか?
例えば、日本は暮らしの中で宗教観というものが、ほとんどありません。ですが外国の暮らしは宗教観が日常の暮らしの土台になっています。
イスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、たくさんの宗教観がすべての土台であり、土台のもとで日常の暮らしをしたり、食文化や学び方、ビジネスの仕方があったりというものが成り立っているんですね。
例えばイスラム教徒の方が一日5回礼拝をしたり、食べるものに関してもイスラムの食事の慣習に沿ったものしか口にすることがなかったりします。
日本から見ると「え、どうしてだろう?」と思うかもしれませんが、そこにはイスラム教徒の教えとして、約千五百年前の暮らしから繋がっている考え方や、砂漠で暮らしていくうえで、人が世代を繋げていくために必要な生きる考え方や、その土地だからこその生活の暮らしの特徴というものが出ます。
それを「へぇー」と調べることで、その光景を目の当たりにした時、スーッと入ってくるんです。あ、これがそういうことなんだ。こういう食べ物を選んだのはこういう事なんだということがすごく理解できる。ストンストンっと入ってきて親近感が湧きます。
親近感が湧くと「あ、ちょっとその国の言葉で挨拶してみたい」と思うかもしれません。
例えばアラビア語であれば「サラマリコン」が挨拶の言葉です。サラマリコンというと相手の方は必ずサラマリコン、アレイクムサラームと返してくれる。これを学ぶだけで相手の表情が和らいだり、ハグしてくれたり、その体験というのは、すごくうわぁーっと熱い気持ちになるんですね。
自分で興味があり、学んで実体験で相手の方が迎え入れてくれると、気持ちが熱くなり、その体験がより広がって深まっていく。これは興味があること、やりたいことをやってみた結果で、実体験として自分の中で大きな嬉しさなんです。
ワクワクドキドキ、そして「やったー!」という感覚が世界を柔らかくする。戦争を止める色々な選択肢を見せてくれるのだと私は思います。
自分で関心を持って調べることで変わることとは
――起きている戦争に対して私たちにできることはあると思いますか?
ウクライナの方、ロシアの国民の多くの人は戦争を反対しています。プーチン大統領の暴走によって、国民の意見を無視して戦っているだけで、本当はロシア人のほとんどの方が穏やかで戦争なんて望んでいません。
ウクライナとロシアはルーツが同じなので、友達や親戚もたくさんいます。なぜ戦争をしなければならないのかと憤り悲しみに暮れている人が多く、優しく寛容な心を持った人たちがほとんどです。
それを知っているのと知らないのとでは、戦いを防ぐために何かできることを考える時の判断材料としては変わってきます。
ロシアに行かず日本にいても、ロシアの方はこういう感覚、優しい感覚を持っているから、自分だったらこういうことで友達の連帯感のような気持ちで心を繋げることができるのではないかと思えるかどうかです。
相手のことを一つだけでいいので、知ってみること。気づいてみること。これが世界情勢を柔らかく寛容な環境に整えてくれます。
オープンマインドな気持ちを世界のスタンダードにすること。
どの国に行っても、ほとんどの方は優しくてオープンマインドで、外国人の僕を初対面にもかかわらず迎え入れてくれます。そしてたくさんの時間を一緒に過ごしてくれて、思いを伝えてくれる。
どうしてこんなに優しいんだろう、どうしてこんなに温かい気持ちになれるんだろうという体験が、僕自身も駆け出しの頃から感じとっていたことでした。
だから僕もイラクやスーダンやウクライナで出会った方々のような、温かい姿勢でありたい。リスペクトのできるシリアの方々のような姿勢で、僕自身もそうありたいという気持ちが素直にまっすぐ入ってくるんです。
こういった体験はたくさんの方もされていると思いますが、この体験は世界中の方々がオープンマインドになって柔らかい考え方を持っているからこそできるのだと思います。
どの宗教であっても、持っている寛容という姿勢が迎え入れてくれる、寄り添ってくれる。この気持ちというものは、たくさんの方にぜひ知ってほしいし、気づいてほしいし、触れ合ってほしいです。
――あらためて貧困・飢餓・教育の格差、不平等を減らしていくために必要なことは、なんだと思われますか?
そうですね、僕自身、一番必要だと思うことは、一つだけでいい、相手のことを知ってみるということです。
自分が好きな分野からやってみることによって、気づいていく、広がっていく、触れ合っていく、深まっていく。これは戦争を止めることにも繋がっています。日々を暮らしていくうえでの大切な根っこ。核となる姿勢だと僕は思っています。
だから、みなさんにも自分が興味があって好きなものは何なのかということを、まずは突き詰めて考えてみてほしいです。
―― 書籍/活動紹介 ――
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