
ロシア・ウクライナ戦争とSDGs
――渡部陽一さんが語る戦争とSDGs Part3――
今回は戦争・紛争とSDGsについてのお話の3回目、最終回です。日本の隣国で起きている戦争について渡部陽一さんにお話いただきました。
SDGsの観点から見ても戦争は、進捗を遅らせるだけではなく、損失を生んでいます。それなのにどうして、今回のような戦争が起きてしまったのかをお伺いしました。
【Profile】渡部 陽一(わたなべ よういち)さん
戦場カメラマン。学生時代から世界の紛争地域を専門に取材を続ける。戦場の悲劇、そこで暮らす人々の生きた声に耳を傾け、極限の状況に立たされる家族の絆を見据える。イラク戦争では米軍従軍(EMBED)取材を経験。これまでの主な取材地はイラク戦争のほかルワンダ内戦、コソボ紛争など。

今までの戦争とロシア・ウクライナ戦争の違い
――これまで色々な戦場に行かれたと思いますが、争いになった原因に共通点はあると思いますか?
戦場カメラマンとして約30年間、世界中の紛争地や情勢が不安定な地域を回ってきましたが、戦争そのものが起こる一つの要因が民族であったり、宗教であったり、国境であったり、資源であったり、今地球上が抱えている、人が生きる上で根本的に必要とされているもの、頼っていきたいもの、そこに向き合ったときに衝突が起こってきているように思います。
こうした戦争が、この30年間はほとんどです。
ただ、今年の2月24日に起きたロシアによるウクライナへの軍事侵攻というものは、完全な侵略戦争。それは100年前の第一次世界大戦、第二次世界大戦時代の、国際法であったり、外交契約であったり、民間的な繋がりを一切無視した武力による完全侵略です。
これがロシア・ウクライナ戦争の一つの特徴。それまでの民族や宗教や資源、国境という、暮らす上での概念が要因となった戦いばかりを見てきたので驚いていますね。
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ロシア軍によって破壊された建物(写真提供:渡部陽一さん)
――なるほど。ロシア・ウクライナ問題というのは、最近の戦争の傾向と全然違うということでしょうか?
民族や宗教・歴史のバックボーンは繋がりとして関わってはいるんですけど、主権国家であるウクライナに、ロシアが宣戦布告をせずに武力で侵攻を犯した。
開戦当時、ロシア側は戦争という言葉を一切使わず、ウクライナ領内に暮らしているロシア人を救出するために、我々は特別軍事作戦を行なっていくという大義で、ウクライナ侵攻を始めました。
ですが実際にそこで行われている残虐な戦いというものは、ジェノサイド、大量虐殺。ウクライナの一般市民が無差別に殺戮されている。
これは100年前の世界大戦当時の戦い方が、そのまま現代に引きずり戻された、そんな残虐な戦争の特徴があります。
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ウクライナに侵攻するロシア軍(写真提供:渡部陽一さん)
――その100年前の状態に戻された原因というのは、なんだと思われますか?
ウクライナにロシアが軍事侵攻した、まず一つの目的は、新しくウクライナの大統領に選ばれたゼレンスキー大統領が、旧ソ連型の政治体制であったり、ロシアとの繋がりというものを遮断して、ヨーロッパ寄り…イギリスやフランスやドイツのように民主体制であったり、オープンな市場での暮らし、欧米寄りの民主的な国家体制をこれから作っていく、ということを明言したからです。
そのためには、まずロシアと手を切る必要があります。
ヨーロッパが対ロシアの軍事的な壁となっている軍事同盟、NATO(北大西洋条約機構)に、ウクライナは「これから入ります」ということを、ゼレンスキー大統領は言ったんですね。
それに対してロシアのプーチン大統領は「ちょっと待ってください。ウクライナ領内東部南部にはロシア人が昔から住んでいる。そのロシア人が欧米寄りの体制に入っていくと、ウクライナ国内のロシア人が抑圧されてしまう。そんな事許しません」と伝えました。
それでもゼレンスキー大統領が、ヨーロッパ寄りに入って行こうとした時に、プーチン大統領はこう言ったんですね。
「しょうがない、ウクライナ領内に立たされているロシア人を救い出す。そのために、武力を使って特別軍事作戦を行なっていく」
このような大義で、2月24日、ロシアは主権国家ウクライナに軍事侵攻を開始しました。
でもプーチン大統領の軍事侵攻の狙いというものは、今後何かしらの方法でゼレンスキー大統領を排除して、ロシア主導の大統領選挙を勝手に行い、ロシア寄りの大統領を選ばせて、ウクライナという国家をヨーロッパ側とロシア共和国側の軍事的な緩衝地帯にすることです。
これがウクライナを攻めることにしたプーチン大統領の本丸の狙いです。
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ウクライナに侵攻するロシア軍(写真提供:渡部陽一さん)
――ではロシア側からすると、元からウクライナを自分のものにしたいという思惑が、昔からあったのでしょうか?
ロシアのプーチン大統領が掲げている自分自身の世界規模の発信の主張は「我々ロシアは、かつての強大なソ連、ソビエト社会主義共和国連邦。強靭なソ連時代の再興を我々は求めていく」です。
ソビエト社会主義共和国連邦は15の共和国で当時成り立っていて、その中の大きな共和国がロシア共和国、そしてそれに次ぐ大きな力を持っていたのがウクライナ共和国。もともと同じ国、同じ同胞という認識を持っているんですね。
民族的なルーツ、スラブ人としてのルーツも重なる部分が多く、ロシア・ウクライナはプーチン大統領曰く、同じルーツを持った同胞です。
その地域が勝手に欧米寄り、民主国家に繋がりを持っていくというのは、もともと同じ地域だった仲間が多いロシア人を引き離すことになるので絶対に許さない、というのが戦闘の一つの言い分ですね。

ウクライナがEU側に行こうとした理由
――ウクライナはなぜヨーロッパ側に行こうとしたのでしょうか?
1991年にソ連が崩壊したときに、構成していた15の共和国が、それぞれ形式上独立をしました。ロシア共和国、ウクライナ共和国というように。
ウクライナは実はすごく豊かな国で、穀物産業、小麦、とうもろこし、砂糖きび、ヒマワリ油と、世界トップクラスの穀倉地帯です。さらにウクライナ東南部は重工業も非常に盛んであり、かつてのソ連を支えていくエンジンのような力を持った国でした。
そのウクライナが独立をしたときに、国民はこれで豊かになれると希望を持って独立を歩み始めました。
ですが、ウクライナはそこから長い間、旧ソ連型の社会主義の際立った国家体制を強いられることになりました。というのは中央部の大統領、さらには大統領に関わる人たちだけに権力を集中させて、さまざまな利権、権力を独占することによって国民の暮らしを管理していくようにしたからです。
旧ソ連型の政治体制からウクライナも独立したにもかかわらず、つい最近まで強力な権力を持った大統領が権限やお金を全て握りしめて、旧ソ連型の政治体制が長い間続いていたんです。
国民はそれに対して強い不満を持っていて、旧ソ連型の政治体制をとる大統領、政治家、政治家の汚職というものはもういらない。国民に目を向けてくれる大統領を私たちは選んでいく。ということで選ばれたのが、ゼレンスキー大統領です。
ゼレンスキー大統領はもともとコメディアン、芸人さんであり、ウクライナ国民の中では非常に国民から人気のある役者さんでもあったんです。
そのゼレンスキー大統領が大統領選挙の時にこう言ったんですね、「私が大統領に選ばれたら、もうウクライナが辿ってきた旧ソ連型の政治体制、政治の汚職というものは全部遮断して、ロシア型の政治体制や繋がりを排除します。これからはヨーロッパ寄りになり、自由、資本主義、民主体制、自由な教育、自由な市場のオープンなマーケット、欧米型の民主体制に大統領として移行します」と。
こういったマニフェストを持ち、国民の絶大な支援を持って大統領に選ばれました。
そして実際に大統領に選ばれると、ヨーロッパとEU側に入っていくために、NATO北太平洋条約機構に加盟申請をしていく、ということを宣言したのです。
ですがプーチン大統領は「ちょっと待ってください。それではウクライナにいるロシア人を苦しめることになります。だから私たちはロシア人を救出するために軍事介入します。特別軍事作戦のため戦争ではありません。ゼレンスキー大統領がウクライナをヨーロッパ側に持っていこうとしているのを阻止するために、しょうがないから進攻します」という大義で、ウクライナに侵攻したんですね。

なぜウクライナのNATO加盟が棚上げに?
――ウクライナからするとEUが魅力的に見えたでしょうか?
歴史であったり民族であったり、宗教であったり、ヨーロッパは世界大戦を繰り返されてきたことによって、もう残虐な悲しみから手を切ろうという思いで、EUいわゆる欧州の連合ができたんです。
EUができたルーツは、世界大戦という悲しみを二度と繰り返さないというヨーロッパの国々が平和に経済・政治体制を繋げていくということ。これがヨーロッパの欧州連合の生まれたきっかけなんですね。
その考え方に、ウクライナも賛同しました。まさに自分たちがしたいと思っていたことですから。
ですがこの平和の同盟に入っていこうというウクライナの一歩が、ロシア側から見ると脅威になります。
ロシアとウクライナは国境を直接面しており、ロシアの首都モスクワも近い。もしウクライナがヨーロッパ側と軍事同盟を組むと、ロシア国境までヨーロッパ側の軍事的な部隊、例えばアメリカ軍、ドイツ軍、イギリス軍が連合を組んで、ウクライナとロシアの国境まで、NATO同盟国として兵力を展開してくる可能性があります。
そうなるとモスクワが落とされる危険が非常に高くなり、ロシアにとって大きな脅威になるというわけです。
そうさせないために、ウクライナをロシア側に取り込んで緩衝地帯にさせ、欧米の武力軍事体制が直接自分の国境まで入ってこないようにさせる。
これは昔からロシアが狙ってきた軍事的な戦術戦略、地政学的な軍事戦略です。ウクライナ、ベラルーシ、バルト三国、北欧のスウェーデン、フィンランド、ノルウェー、この一帯というのは、かつてロシアに飲み込まれた地域なので、ヨーロッパ側の体制を保ちながらも、ロシア側の政治窓口というものをかなりオープンに受け入れてきていたんですね。
そうした中でバランスをとりながらロシアに取り込まれないようにしてきました。
ベラルーシや北欧周辺の国、特にスウェーデンは、かつてロシアに残虐な行いが繰り返されてきた地域です。ヨーロッパ側体制を持ちながらもロシアともパイプを持つ、このバランス外交が、北欧や東欧地域の国は多くありました。
ウクライナもその形を保ちながらこれまで政策を進めていましたが、そうではない道を選び、ヨーロッパに入っていったことが、今回の戦争の引き金になっています。
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戦争によって家を無くし避難しているウクライナの人々
(写真提供:渡部陽一さん)
ウクライナとロシアの関係を見ていたスウェーデンやフィンランドは、このままではいけないと考え、両国もNATOに加盟申請を出しました。ロシアという国と向き合ったということですね。
もう私たちはロシアと手を切る、欧米側として向き合う。もし戦争が来ればNATOとして支えてもらうと判断をしました。
ただウクライナは、それをしたことによって軍事侵略を受けました。
欧米はどこまで支えていくのかということも考えなければいけないところです。それにウクライナのNATO加盟を認めると、今度はロシアがロンドンやパリに核兵器を使ってくる可能性が高い。
そうなると世界大戦に広がる可能性があるので、ウクライナをNATOに加盟させるというのはまだ棚上げになっています。揺れながらバランスをとりながらロシアの出方を見て、バランスをとりながらウクライナ戦争は駆け引きを続けている状況です。
――なぜ他の国はNATOに加盟申請をしても問題はなかったのに、ウクライナは標的になったのでしょうか?
ウクライナに関しては、やはりウクライナが持っている軍事的なポイント、ウクライナ南部にある黒海が関連しています。
黒海はトルコのボスポラス海峡を越えて、エーゲ海に出て地中海に繋っています。ロシア艦隊がそこに駐留して黒海内部にいるだけでも意味はありますが、それだけではなく黒海からトルコのボスポラス海峡、ダーダネルス海峡をロシア艦隊が経由してギリシャ横のエーゲ海に出て、さらに地中海に出て行けば、ヨーロッパ全域を軍事的にロシアが囲むことができるんですね。
その窓口がウクライナ。一番のターゲットの起点となったのがクリミア半島です。
クリミアは黒海の中で、まるで灯台のように南側の黒海からぽこっとダイヤモンドのように出ていて、黒海全体を見渡すことができます。
2014年にロシアは軍事侵攻で黒海を実効支配地域に飲み込み、勝手に占拠して勝手にもうここロシアと言ったのが、このウクライナ戦争の伏線になってるんですね。そこから8年後に同じ手法でウクライナの東南部に入ってきた。
この戦争は世界の国が軍事支援することで約8ヶ月から9ヶ月、ウクライナ軍が戦闘を保てている状況になっています。

日本にとっても身近な「隣国」ロシアの戦争
――今までも各地で戦争や紛争は起きていましたが、なぜ日本ではロシア・ウクライナ戦争ばかり取り上げられるのでしょうか?
確かに今回のロシア・ウクライナ戦争の報道や日本国内の反動、うねりを見ていて、かつてのアフリカのスーダンのダルフール紛争とか、エチオピアの民族衝突とかに比べると反応に違いはあるように感じています。
でも、ウクライナに関しては、大人や子どもたち、たくさんの方が恐怖を感じ取っている。それというのは、ウクライナと戦っている国がロシアだからではないでしょうか。
日本とロシアも隣の国。そして北方領土の領土問題で直接対峙し、かつて戦争を繰り返し衝突していることもある。この感覚が恐怖心のひとつの入り口にあると思います。
ロシアがウクライナに侵攻したということは、日本に侵略戦争をする可能性もあると感じた方が多かったのかもしれません。
北方四島はロシアが太平洋戦争の時にロシアが勝手に入ってきて、駐留して、実効支配下において、約77年の歳月でほぼロシアになってしまっている。日本政府としては、北方四島は日本の領土だという戦いが、いまだに続いています。
プーチン大統領は戦争をやりかねないという恐怖心が、日本の中に膨らんでいます。それはロシアと国境を面しているいくつもの国も感じたと思います。
――身近な国だからこそ取り上げられているということなのですね
そうですね。それにロシアは国連の常任理事国です。その国が戦争を引き起こしたというのも大きな出来事です。
かつてロシアは日本と友好的な時代が長くあり、資源的な部分でも関連が深くありました。それはヨーロッパ諸国とロシアの関係性についても同じことが言えます。
ではなぜこうなってしまったのかというと、それは崩壊した旧ソ連の亡霊ではないでしょうか。ソ連時代の残虐な社会主義体制が、亡霊のようにウクライナ、ベラルーシ、ジョージア、ポーランドなどに、長い苦しみを与えてきました。
北欧のバルト三国、モルドバ、あの一帯も同じです。ソ連時代、ソ連じゃない構成国もソ連の息がかかっていた地域は、社会主義体制の残虐な強権体制の恐怖をみんな知っているので、ロシアが引き起こす戦争はわかっていたのだと思いますね。
ウクライナがロシアの強い攻撃をクッションのように吸収してくれて、横のポーランドとかドイツとかハンガリー、この一帯の国はウクライナにある意味代理的に助けられてきた。
今後、このウクライナがロシアに飲み込まれたら、ヨーロッパ側も軍事衝突が段発的に拡大する可能性は高い。ゼレンスキー大統領をなんとか保たせたいというのがヨーロッパの本音です。
ある面、外交上でも民間的な暮らしのライフラインでも、ウクライナに助けられている国はたくさんあるという見方もできます。
――ロシア・ウクライナ戦争も長いですよね。今、何ヶ月経ちましたか?
昨日が10月24日(注:取材日は2022年10月24日)ですので、2月24日の開戦から数えると、ジャスト8ヶ月。ロシア軍が劣勢だとは言われてはいるんですけど、東南部は実効支配地域に置いたので、もう完全にロシア軍テリトリーです。
ロシアはロシア共和国領内と言っていて、ロシアパスポートを出し、ロシアのお金の通貨ルーブルを使って、ロシア主導の勝手な市長選挙を行ったりして、完全にロシアにしているんですね。そこに今、ウクライナがピンポイントで攻撃を行っている状態です。
ただ、この状態をもしかしたら保たせていくかもしれません。
ロシアもウクライナも、こっちが勝った、こっちが負けたではなく、この小競り合いが続いている状態を保たせながら、ロシアもヨーロッパ諸国もエネルギー外交を保ちながらという状況が、しばらく続くんじゃないかなという気がしていますね。
――なるほど。まだ長引く可能性があるということですね
これから、真冬を迎えます。極寒のロシアとウクライナですので、兵士が戦えません。
前線で動けなくなるので、冬の間にロシア軍は立て直しを図って、もう一回雪が溶ける頃に圧力かけてくるかもしれませんね。
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(写真提供:渡部陽一さん)

この戦争がSDGsに与える影響とは
――最後に戦争がSDGsに与える影響を教えて頂けますか?
まずは戦闘そのものを休止させることから行わなければいけません。
そこから停戦協議に入り、段階的に第三国がサポートをして、戦闘そのものを止める。このステップが、まずは戦争国家の中では大切な入り口です。
その中でSDGs、つまり環境に対する意識を考えるのであれば、IT最新国のウクライナですので、戦いが終わればSDGsを目標にすぐに動ける国です。
地球環境、自然環境にIT大国として世界をSDGsで牽引してきた国のひとつでもあるからです。即座に地球規模で自分たちのIT技術を使って、SDGsに対するサポートができる力を持っています。
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ウクライナの子どもたち(写真提供:渡部陽一さん)
SDGsに対する意識はもちろんロシアも、ものすごく持っています。プーチン大統領が暴走しているだけで、他の国民はSDGsを大切にしているので、環境や、政治体制や、地域との繋がりは寛容に続けていきたいと思っています。プーチン大統領が強権でにらみをきかせているので、誰もノーといえない状況です。
メディアも情報統制を敷かれていて、反論する記事を出せば即刻逮捕。その家族までもが行方不明になる。恐怖政治、その体制下では誰ももう言葉も出すことができないんですね。
でもこれは、SDGsの目標としていることと真逆のことです。だからSDGsというのは、実は戦争の火種を失くしていこうということがSDGsの目標の中に組み込まれているように私は感じています。

―― 書籍/活動紹介 ――
SDGsはもちろんのこと、サステナブル・エシカルな視点から記事を制作する編集者・ライターの専門チームです。社会課題から身近にできることまで幅広く取り上げ、分かりやすくお伝えします。
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