「競争社会」から「共創社会」へ
未来を切り拓くビジネスとは
SDGsは、誰も取り残さない社会の実現を目指しています。格差の生まれる「競争社会」から、ともに目標に向かって進んでいく「共創社会」へと、時代は変わろうとしているのです。
金沢工業大学の平本督太郎准教授は、身近な社会課題から地球規模の課題までもを、ビジネスを通じて解決する方策を研究しています。SDGsを推進し、未来を切り拓くためのビジネスについて、その思いや取り組みを伺いました。
【Profile】平本 督太郎(ひらもと とくたろう)先生
金沢工業大学 情報フロンティア学部 経営情報学科 准教授。
慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修士課程修了後、経営コンサルタントとしてBoPビジネス推進支援、経営改革支援に従事。2017年から金沢工業大学SDGs推進センター所長として、学生たちとともに「THE SDGsアクションカードゲーム X(クロス)」「Beyond SDGs人生ゲーム」などの教材を開発。
「金沢工業大学SDGs推進センター」
2つの機能を活かして
――平本先生は、このSDGs推進センターを拠点に、どのような活動に取り組んでいるのですか?
重点領域としては、「ビジネス」「地域デザイン」「教育」の3つが軸となっています。
「ビジネス」の領域では、企業と連携して製品を開発したり地域の課題を解決したりする取り組みを行なっています。「地域デザイン」の領域では、自治体や市民と連携しながら、持続可能な地域づくり、過疎化や環境問題などに取り組むことが多いです。
「教育」では、大学生への教育だけでなく、小学校から高校までの子どもたちにもゲーミフィケーション教材を用いたSDGs教育を行なっています。さらに、この3つの領域を横断して、課題を解決していくこともあります。
このSDGs推進センターには、2つの「つなぐ」機能があります。1つめは「大学の中で、各学科・学部の横のつながりを作る」こと。学生たちの活動の拠点にもなっていて、この場所を中心にゲーミフィケーション教材の企画開発や発信が行われています。
2つめは「地域をつなぐ、学校や企業や市民団体をつなぐ」という役割です。コロナが終息して人が集まれるようになれば、この場所でワークショップやイベントなども開催できればと考えています。
――これまでに取り組んできた地域課題は、どのようなものがあるのでしょうか?
長期に渡って、深い課題に取り組むことが多いです。たとえば、過疎地域の文化や伝統を残すための取り組みでは、在学中にその地域に授業やプロジェクト活動で通っていた学生が、そのまま移住して卒業後も地域とかかわり続けているケースもあります。
過疎地域はクローズドなコミュニティになりがちです。しかしそれでは、伝統や文化が途絶えてしまう。それが、若者がかかわっていくと、少しずつ変わっていくんです。
過疎地域に住む高齢者は、今の現状が普通の状態なので特に「困っていること」は存在していない他方で子どもたちや孫に頻繁には会えなくて「さみしい」というニーズはあります。実現したい未来が描けると、そこで初めて「困っていること」が表明化し、問題発見・問題解決の道が拓けていきます。
若い人たちと話す機会が増え、積極的にかかわるようになると「こういう若い世代のためにこの地域を存続させていかなければ」と自然と思ってくれるようになるんです。
企業と地域とをつなぐ存在としても、移住して共存していくという学生や若者の役割は大きいのです。
3つの思考力を持ち、
持続可能な社会を担う人材育成を
――学生たちとさまざまな課題に取り組んでいくにあたり、どのような人材育成を目指していますか?
基本としては、1、バックキャスティング思考力 2、システム思考力 3、クロス思考力の3つの考え方ができる人材が求められると感じています。
1、バックキャスティング思考力とは、ゴールから逆算するという思考です。現状の延長上ではなく、未来から今やるべきことを考えましょうという考え方が不可欠です。
2、システム思考力は、世界はいろんなつながりでできているという考え方です。たとえばチョコレートがあったとして、何も考えずに「おいしいなぁ」と食べることは誰にでもできます。でも実はそのチョコレートはアフリカの子どもたちが安い賃金で働いて作っているチョコレートで、作っている子どもたちはそのチョコレートを食べたことがないという現状を孕んでいることもあります。資本主義の考え方を脱却し、俯瞰をして物事の関係性を理解するために必要なのが、システム思考力です。
3、クロス思考力は、関連付け思考とも呼ばれます。経営学的にも、大きな変革、つまりイノベーションを起こす要素は「既存のリソースを掛け合わせること」だといわれています。その掛け合わせの力こそがクロス思考力で、イノベーションを生み出す力なのです。
カードゲームX(クロス)で、イノベーション思考を育む
――平本先生が開発にかかわった「THE SDGsアクションカードゲームX」は、どのようなゲームなのでしょうか。
まず「トレードオフカード」で起こっている問題を認識します。何かの問題を解決する時、別の問題が発生してしまうことをトレードオフといいます。この問題を解決するために、参加者は与えられた「リソースカード」を掛け合わせて解決方法を生み出していくというルールです。つまり、ゲームをしながらイノベーションを起こす方法を学んでいくのです。
たとえば「育児休暇を取得する女性社員が増加した結果、仕事が回らない部署が増え始めた」というトレードオフに対して、「人工衛星」と「料理」で解決しようとしてみる、とか。自分の手持ちのカードを掛け合わせて考えるので、普段は思いつかないような発想が生まれやすい仕組みになっています。
――企業や学校などでゲームを行われているとのことですが、その中での気づきや発見はありますか?
子どもたちの柔軟で斬新な発想には、いつも驚かされます。今の社会の常識を様々知っている大人のほうが頭が固くて、トレードオフを解消できるような新しいアイデアを出しにくいんです。大人に必要なのはアンラーニング、つまり常識や成功体験を忘れることだといわれています。
また、ゲーム上では先生と児童・生徒が同じ立場になるので、みんなが安心して取り組める環境を生み出しやすいです。
「X」は「何を言っても否定しない、何を言っても拍手をする」というルールで行います。すると、普段の授業ではあまり発言できない子も、安心して発言してくれる。
ものすごく発言が活発化したり、発達障害を持つ子も参加できたりと、思った以上の効果があり、先生たちが驚くことも多いです。
子どもから学ぶSDGsの意識。教育による変革は、遠回りに見えて実は近道
――SDGs教育は、小学校から高校まで全ての学校で始まっているのですか?
はい、現在は必修化されているので、義務的に導入を進めている感じです。ただ、学校や先生によって理解度にまだばらつきがある段階かと思います。
しかし、高校に導入されているということは、数年後にはSDGsの概念が常識として頭に入っている子たちが社会に出てくるということなんです。不思議なことに、様々な生活シーンでSDGsの概念が新しい常識だという雰囲気になると、大人たちはそれに遅れてはいけないと思うようになり、取り組むようになります。
今までだと、携帯電話の普及やデジタル化などがそうでした。だから、まずは常識を変えていくための教育が大切なんです。
――実際に、その成果は見えつつあるのでしょうか?
少しずつ変わってきていると思います。たとえば、食品ロスの問題が挙げられます。今の学校教育では「スーパーでは棚の前の列から取りましょう」と教わるんです。つまり、賞味期限の短いものから買いましょう、と。
――たしかに、私たちの世代だと、棚の奥(賞味期限の長いもの)から買う人が多いかもしれません。
そうですよね。しかし今の教育では「いつ牛乳を飲むのか、いつまでに消費するのか、スーパーで売れ残ったらどうなるのかを考えて買い物をしましょう」と教わるわけです。
そして、親子でスーパーに行くと、牛乳を棚の後ろから取ろうとするお父さん・お母さんに対して、子供が「だめだよ」と怒るんです。そのお父さん・お母さんが会社の役員だったとしたら、はっと気づいて次の日に会社に行って行動を起こします。
子どもたち、つまり次世代のお客さんの価値観が変わるということは、自分たちのビジネスには多大なる影響があることなんだ、と気づいて行動することが大事で、いま実際に起こりつつあることなんです。
教育によって社会を変えていくということは、遠回りに見えて実はとても近道です。10〜15年で社会の価値観を変えられると思うと、効率が良いですよね。教育を核にしながら、ビジネスや地域デザインに取り組んでいくことが非常に重要だと思います。
SDGsのグローバルな認識が遅れる日本。アジア地域の中の日本という意識が必要
――平本先生は「BoPビジネス」を専門として取り組んでいると伺っています。どのようなビジネスなのでしょうか?
途上国や新興国が持つ課題を解決しながら利益を創出していく、というのがBoPビジネスです。SDGsの前進であるMDGsのターゲットが途上国・新興国だったので、そのときに積極的に取り組まれたテーマで、現在ではSDGsの中にBOPビジネスがあるという位置付けになります。
――SDGsが推進されるようになり、社会のBoPビジネスに対する意識も変化しているのでしょうか?
海外と日本では、意識に大きな差があると感じています。日本は島国ということもあり、国内のことを考える割合が大きいのですが、本来は世界全体のことを考えるべきなんですよね。海外、とくにヨーロッパでは、国内はもちろん途上国や新興国の問題をどうするかにも力を入れています。
来年(2023年)がSDGsの折り返し年となるので、達成度が低い目標に対してリソースを多く配分すべきだ、という議論になると予想しています。そうなると、日本でも途上国や新興国の課題に対する意識が生まれてくるのではと思っています。そこで、いかに自分ごとにしていけるかが大事ですね。
――具体的に、日本の企業が取り組んでいくべき課題としては、どのようなものがあるのでしょうか?
日本はこれから、人口の減少とともに急激に経済が低迷していくことが予想されます。2105年頃には5000万人を切る人口予測になっていて、これは1905年頃と同じ水準なんです。
人口が増えると経済も成長しますが、これから起こることはその逆回転。そうなると、現在の経済レベルを維持するためには、ひとりひとりの付加価値を高めて提供していくか、もしくは移民を増やして人口を増加させるか、どちらかの選択肢しかありません。
日本は、アジア地域の国としての意識が足りていないと感じます。まずはアジア地域の中で、各国が困っていることを日本の技術でどう解決していくのかが求められます。積極的に技術や価値を提供し、ニーズに応えられるかどうかが重要です。
いきなり途上国で事業を展開しても、うまくいかないものです。まずは国内で真剣に取り組んで成果を上げて、それを途上国に持って行って課題解決をしていく、という展開が大事です。国内か海外か、ではなく、今後はどちらもやっていくことが重要なのです。
勝ち負けや優劣のあった「競争社会」から、
みんなで創り上げる「共創社会」へ
――平本先生が目指す「共創社会」とは、具体的にどのような社会のことを指すのでしょうか?
まず、優劣をつけないことです。今年8月に完成した「Beyond SDGs人生ゲーム」では、その仕組みを導入しています。
人生ゲームといえば、最終的にいちばんお金持ちになった人が勝ちというのが従来のルールですが、それこそが「持つ者と持たざる者」という格差を生む誤った資本主義なんです。
「Beyond SDGs人生ゲーム」では、「ひとつの目標に対して、いかに協力して成し遂げられるか」というポイントで評価されます。それも、与えられた目標ではなく、目標を設定する段階から協力することで、参加者の納得感やパフォーマンスを上げる要素となっています。
SDGs自体も、世界の1000万人以上が参加して作り上げたゴールですが、実はその議論に日本人はほとんど参加していませんでした。
今後は、2030年にSDGsが達成された後の「ポストSDGs」へ向けての議論が本格的に始まります。そこに日本人がどれだけ入っていけるのか、その基盤をいかに作るかが、今後の大きな課題となると感じています。そのため、このゲームでは2030年ではなく、2050年を最終ゴールにしています。
――みんなで考えて、みんなで解決に向けて協力していくという「共創社会」の基盤が必要なんですね。
そうです。たとえば身近な例でいうと、生徒たちがみずから校則を見直すこと。自分達の自由を確保しようと制服を廃止して普段着にしようとしたら、経済的な理由で衣服をあまり持っていない生徒が困ってしまうという問題が発生します。そこで、所得差がある中で、「誰一人取り残さずに」みんなが安心して過ごせる学校生活にするためには、どう両立していくかを考えなければなりません。
こうして身近な環境をみんなで変えていくことで、多様な人たちがいる世界中においても、みんなが納得するルールやゴールを作っていく際に必要となる経験が積めるのです。
多様性があって、誰もが参加しやすい環境が実現されていくことが重要です。今まで自分たちだけでは出てこなかったアイデアや、自分たちだけでは成し遂げられなかった目標に対して、みんなでかかわりあって考えて解決していこう、というのが「共創社会」の考え方なんです。
SDGsはもちろんのこと、サステナブル・エシカルな視点から記事を制作する編集者・ライターの専門チームです。社会課題から身近にできることまで幅広く取り上げ、分かりやすくお伝えします。
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