
地球を歩き、人類のいまを追う。ピュリツァー賞2度受賞のポール・サロペックさんが現代社会を見つめ直す旅
ジャーナリストの栄誉とされるピュリツァー賞を2度受賞したポール・サロペックさんが、4月23日に都内で行なわれたウォルト・ディズニー・ジャパンによるメディア向けイベントに登場し、2013年から現在も続く、地球の人類拡散ルートを歩いてたどる「アウト・オブ・エデン・ウォーク」のプロジェクトについて語りました。
このイベントは、ディズニーが取り組む地球環境を支援するアクション「ディズニー・プラネット・ポッシブル」の一環で、ナショナル ジオグラフィックとのキャンペーン「our HOME」に合わせて実施されたものです。
【Profile】ポール・サロペック Paul Salopek
アメリカ生まれ、メキシコ育ち/ジャーナリスト・作家として活躍し、ナショナル ジオグラフィックの案内役‟エクスプローラー(探究者)”も務める。
世界50か国以上を旅し、人類遺伝学とコンゴ戦争に関する報道で2度のピュリツァー賞を受賞。
「シカゴ・トリビューン」の新聞記者、ハーバード大学の研究員、プリンストン大学での講師を経験するほか、過去には商業漁師や金の発掘、牧場経験など異色の経歴を持つ。

かつての人類拡散ルートをたどり、地球のいまを見つめる旅
ポール・サロペックさんが2013年から取り組むのは、人類の移動の歴史を歩いてたどる旅。2025年の今もなお進行中で、日本もルートに含まれるこのプロジェクトには、果たしてどんな意味が込められているのでしょうか。
「これまでおよそ13年、私は歩いてきました。私たち人類の先祖が、石器時代にアフリカから世界各地へと拡散していったルートを徒歩でたどり、私たちが生きている世界と、遠い過去とを照らし合わせようとしています。

われわれの細胞にはDNAがありますが、最近は遺伝子学によって、先祖がどこにいたのか、その秘密を解読できるようになりました。そして人類学や考古学から、私たちの先祖はどこからきて、世界にどう散ったのかということがわかっています。
ヒトの一番古い遺伝子は、アフリカ南部のカラハリ砂漠に暮らすサン民族と言われています。
ただ、われわれの先祖の起点は限定的な場所ではない、と科学者が言うので私はホモサピエンスの骨が残っているアフリカ北部の考古学的な場所、エチオピアから出発することにしました。

2013年の1月に出発し、遺伝子の足跡を歩き、2027~2028年頃に南米の南端、ティエラ・デル・フエゴに行こうと思っています。
およそ6万年前にアフリカから始まったこの人類の道のりは、南米の南端に8000年ほど前にたどり着いたと言われています。約5万年の、何世代もかかった旅行でした。そのルートをたどっています」


なぜ徒歩なのか。ポールさんが提唱する「スロージャーナリズム」とは?
「では私がなぜ、世界を時速5キロというスローな速度で歩いているのかをお話しします。
最近は24時間のサイクルがどんどん早くなり、情報はさまざまなデバイスから津波のように人々に押し寄せています。それらをすべて処理し、理解することは到底不可能です。
ですから、私は単に新聞で得られるような情報だけではない、現代社会の出来事の意味を見出そうとしています。松尾芭蕉のような昔の詩人が、日本各地を歩いて人や世の中の意味を見出したようにです。
ギリシャの詩人もアフリカのグリオと言われる語り部も、村から村を歩いて物語を伝えました。人はそのようにして話を伝えてきたのです。
かつて私は、ジャーナリストとして戦争の記事も書いてきました。そうした‟ヘッドライン”と言われるニュースの合間には日々、ニュースに聞こえていない静かなニュースがあります。ヘッドラインと同じく重要なニュースです。
その静けさにあえて耳を傾けること。私はそれを「スロージャーナリズム」と呼んでいます。
スロージャーナリズムは、中心に「人」があります。遺伝子の話も戦争の話も大規模な移民の話も、その出来事が人にどんな影響を与えているかにフォーカスをあて、ストーリーを伝えています。
ひとつのストーリーが、気候、経済、ジェンダーなど多様なテーマを持っています。時速5キロで歩いて人々と話すことで、ストーリーのつながりがよくわかります。それが連載で続いていく。これは人類ストーリーなんです。
多くの人は時間の制約があり、スロージャーナリズムに携わることは難しいでしょう。ただ、ジャーナリストを目指す若い学生には、「朝から晩までスロージャーナリズムを行なう必要は無いけれど、一部はスロージャーナリズムにかけたらどうか」という話をしています。つながりを見出すには、時間をかける必要があるからです」

2024年秋からは日本を横断!日本の農村を歩く
アフリカから中東、アジアと大陸を進んできたポールさんは、2024年9月、いよいよ日本へやってきました。
「韓国から船で、福岡へ来ました。その前は中国を2年半かけて歩いていました。

以下のサイトでポール氏の旅のルートが更新される
https://outofedenwalk.nationalgeographic.org/the-journey/?language=en&sortBy=recent&hideList=true&chapter=7
九州では40度を越える日もありました。農家の70代の方へインタビューすると、「こんなに暑いので農業をやめようと思っている、これほど熱波が続くともう農業はできない」とおっしゃっていました。
熊野古道などの有名なルートは避け、たとえば鳥取県などを通っています。地元の人の反応を見ると、おそらく外国人のジャーナリストが訪問するのは本当に久しぶりだったのだろうと思いました。メディアの着目していないところへ行くことによって、人との出会いやつながりが増えます。
コンビニにも立ち寄りました。シルクロードには、キャラバンのためにサライと呼ばれる宿場町がありましたが、今日の日本の農村では、サライはコンビニになるのかもしれませんね。
しかし、過疎化が進んだ地域を歩くと、そこには音がまったくありませんでした。まるで博物館を歩いているような静けさでした」

以下のサイトで「アウト・オブ・エデン・ウォーク」【日本編】を連載中
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/19/051900057/
日本の地方で経験したリアルな風景を伝えながら、ポールさんはこの旅についての考えを述べました。
「旅の中で、『なぜ歩くのですか?』と聞かれます。ですが私が伝えたいのは、これは人類がずっとやってきたことだ、ということです。とても自然なこと、そしてとても気持ちがいいことです。
世界はさまざまな思想がぶつかりあい分断が深まっていますが、ペースを落としてまわりに心を傾け、学びあい、支えあうことで、希望が生まれると考えています。私が向かっている本当の目的地は、いつも人です」

トークセッションではフォトジャーナリストの郡山総一郎さんが参加
続いてイベントはトークセッションへ。ポール・サロペックさんの旅は各地でウォーキングパートナーを連れています。そこで、日本でのパートナーであるフォトジャーナリストの郡山総一郎(こおりやま そういちろう)さんが駆けつけました。

改めて日本の印象について聞かれたポールさんは、次のように語ります。
「道のりの8割くらいを農村部を選びましたが、日本は伝統が豊かでよく受け継がれ、昔の知識が今も活かされていると思いました。
ただ、そういった農家の方々はみな70歳以上なんです。若者は都会に住んでいて、自然とのつながりを失っています。気候や天気についてがわからない、どのように食べ物が作られているかわからない、といった状態です」
これまで地域に根付いていた伝統や生活の知恵などは、今後失われていく可能性が高いという現実を伝えます。
「訪ねたみなさんはフレンドリーで、幸せそうに暮らしています。ただ、彼らは孤立していますね」
同行する郡山さんもその様子を述べます。
「農業の衰退とか過疎化とか、日本人なので知っていたつもりでも、よくわかっていなかったというのを歩くことで実感しました。誰にお話を聞いても似ていて、気候変動で気温が上がってそのうち収穫する時期がずれてくるだろうという話と、後継者問題を言われます。

ポールと歩く中で、このままいくと日本の農業は終わっていくという話もするのですが、それは中国でも韓国でも同じような様子だったらしく、世界的なことなのかと思っています」
これらを受け、MCのサヘル・ローズさんは
「ポールさんたちが歩いて見えた課題があるからこそ、わたしたちが現場の『声』を知るきっかけになる、それをどう受け取るかで変わる余地があると思います」との思いを会場へも投げかけました。
続いて、日本と世界との共通点や相違点の話題に。ポールさんは次のように話しました。
「人は共通点の方が圧倒的に多いと思います。九州の人も、エチオピアの遊牧民も『もっと愛されたい』『子どもの将来が心配』『自分の上司がきらい』と言っていますからね。それから、気候変動に関する話題も多いです。
違うところは、日本の地方部は自給自足ができて自立していると思います。もうそこに残っているのが2~3世帯であっても、自分たちだけで生き残っていけるという自信と、一種の平和を感じます。日本を歩いていて、素敵だなと感じた点です。それがない世界の地域もありますので」
郡山さんは自身もフォトジャーナリストとして世界をまわっていた経験から、「歩く時間がたくさんあるので、ポールとは世界の話もする」そうで、「今、情報が速くなってどんどん捨てられて回転している世の中を、やはり危惧しています。ポールの『スロー』というキーワードは大事だと思います」と、加速する情報化社会への危機感を話し合っていると語りました。
そしてポールさんは、「デジタルでつながる今の時代、私たちはより孤立しています」と、人のストーリーを伝えていくことの重要性を説きます。
「他者の困難に対して、その意見に耳を傾けることが大切です。つながることで、解決策が見い出せるかもしれない。時間をかけてしっかり聞くことです」
また、人のストーリーはすぐ近くにあり、世界の危機にばかり目を向ける必要はないことも強調します。
「近所のシングルマザーの方がアパートで寂しい暮らしをしている苦しみは、ウクライナの難民の悲しさよりも劣ると、誰が言えるでしょうか。
よく言われるように『グローバルに考え、ローカルに行動する』必要があります。危機があるとされる場所に行かなくても、同じように深い人間の感情やニーズを発見することができます。
ワークショップを開くと、ジャーナリスト志望の若者たちは、ウクライナのような戦地へ行きたいと言います。それもいいことです。ですが私は、『この街角でホットケーキを売っている女性の取材をしよう』という学生の方が、意味をもたらすと感じるのです」
終始おだやかな口調で、物腰の柔らかさが印象的だったポールさん。
ジャーナリストとして情報の最前線を追っていた彼は今、市井の人の暮らしから世界をより深く知ろうと、地球を歩き続けています。
―― 書籍/活動紹介 ――
SDGsはもちろんのこと、サステナブル・エシカルな視点から記事を制作する編集者・ライターの専門チームです。社会課題から身近にできることまで幅広く取り上げ、分かりやすくお伝えします。
他の特集記事を見る

OTHER ARTICLE