
汚染、騒音、海洋動物との衝突――海運業界の「負の影響」を減らすには?ワールド・オーシャン・サミット総力特集第2弾
2025年3月12〜13日に開催された、世界の海洋課題を議論する国際会議「第12回ワールド・オーシャン・サミット」。本特集は、その模様を多角的にお届けするレポートシリーズの第二弾です。
今回は、海運業界の発展と生物多様性の両立という難題に挑むパネルディスカッション「商業と保全のバランス」をフィーチャー。
SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」の達成に向け、専門家たちが交わしたリアルな議論をお届けします。
ワールド・オーシャン・サミットとは
ワールド・オーシャン・サミットは、持続可能は海洋経済に向けた行動を起こすことを目的に、世界中の政策立案者、ビジネスリーダー、科学者、NGO、技術開発者、投資家などが集結し、海洋環境を保護しながらも経済的に発展させる方法について議論する場です。

「商業と保全のバランス」の概要
海運業界は、気候変動だけでなく海洋の健全性にも影響を与えています。
汚染物質、水中騒音、海洋動物との衝突は、生物多様性に重大な影響を及ぼしています。業界はこれらの問題にどのように対処しているのでしょうか?
海運会社は、生物多様性の損失と汚染の緩和に向けてどうすればよいでしょうか?
パネルディスカッション参加者
■司会
・ シャーロット・ハワード氏(ザ・エコノミスト エグゼクティブ・エディター兼ニューヨーク支局長)
■パネリスト
・マダド・マクレーン氏(ゼロエミッションシップテクノロジー 協会事務局長)
・ジェイソン・ギッフェン氏(サンディエゴ港湾計画副社長 環境担当)

ゼロエミッションを達成するための技術は、既に存在する
以下、対話形式でお届けします。
シャーロット・ハワード(ザ・エコノミスト エグゼクティブ・エディター兼ニューヨーク
支局長)
ここにいらっしゃる方々は海運業界に影響を与えている規制や大きな潮流、そしてブルーエコノミーにおけるサステナビリティへの取り組みについてある程度ご存じかと思います。あなたの視点からこの数年で特に興味深い前進が見られたのはどのような部分だとお考えですか?
マタド・マクレーン(ゼロエミッションシップテクノロジー 協会事務局長)
ここでお伝えしたいのは、「ゼロエミッションを実現するために必要な技術はすでに存在している」ということです。すべてTRL(技術成熟度レベル)9に到達しているんですよ。その技術は小型船でパイロット段階としてすでに導入されています。
パイロットプロジェクトが進んでいるのは良い知らせですし、技術的に実証もされています。課題は、パイロットから本格的な大規模導入へ移行するのが非常に難しいという点で、そこを今まさに乗り越えなければならないと思っています。
シャーロット・ハワード
もう少し具体的に教えてください。その技術が「すでにある」とは、どのような技術で、どの場面で使われているのでしょうか?
マタド・マクレーン
私たちゼロエミッション船舶技術協会は「ゼロエミッション」を目指す技術、つまり水素燃料電池、風力推進、バッテリー、そしてそれらのシステムを設計・統合するための知能的技術を扱っています。なぜなら排出ガスだけの問題ではなく、海運業界全体がもたらすあらゆる負の影響を減らす必要があるからです。
具体的にいえば、私たちの協会で扱っている船舶は、電気推進船や風力推進船、水素燃料を使う船、それからグリーンな電力を活用する船です。今のところ、それらが導入されているのはベースに戻るタイプの船、港湾のサポート船、あるいは港から港へ移動し、また元の港へ戻るような船に限られています。
それらの船はどの港へ行くかが直前に決まることが多いんです。現在のところ、充電設備や水素燃料の供給拠点は2~3港しかありませんが、もっと多くの港で整備しなければならない。それが次のステップです。

ゼロエミッション船大規模導入への手がかり
シャーロット・ハワード
経済面についてもう少しお聞かせください。大規模な導入を阻んでいる要因は何でしょうか。また、NGOなどに説得されなくても自発的に取り入れられるほどコスト面で競争力がある技術になるには、どのような道のりがあるとお考えですか?
マタド・マクレーン
まさに前のパネルでも議論されていたように、経済的手段がこの変化を後押しするでしょう。というのも、パイロット船は助成金で賄うことができますが、5隻や10隻、あるいは20隻までならいいとしても、500隻すべてに助成金を出すのは不可能です。ですから、大規模導入に移行するための飛躍が必要です。
そのギャップを埋めるのは何かと言えば、政策的手段でしょう。しかし、先ほどのパネルで話があったように、そうした政策の施行まで数年かかります。2028年に施行されるとしても、それが実際に変化をもたらすまでにはさらに時間がかかる。
私たちがやろうとしているのは、そうした空白期に協力体制を築いて、パイロットから大規模導入へと進めることです。そのためには「ラディカルな連携(radical collaboration)」が必要で、それこそ今がまさにそのときだと思います。

サンディエゴ港での施策
シャーロット・ハワード
このテーマにまた戻りたいのですが、ジェイソン、サンディエゴ港の視点から少しお聞かせください。
先ほどのバルセロナ港のプレゼンに対するご意見も含めて、港湾同士で共有されているベストプラクティスがあると思います。一方でサンディエゴ港ならではの取り組みについても教えていただけますか?
ジェイソン・ギッフェン(サンディエゴ港湾計画副社長 環境担当)
私たちはバルセロナ港との間で素晴らしいパートナーシップを築います。先日はサンディエゴへ来ていただき、この美しい南カリフォルニアの港がどんな取り組みをしているのか、知見を共有し合いました。
港湾同士を見渡してみると、世界的なネットワークの一部でもあり、水際にある港湾は人や貨物の従来型の移動を超えて、さまざまなソリューションを導入する良いチャンスを持っています。統治の仕組みが広範で、たとえばサンディエゴ港の場合は、不動産ポートフォリオやホスピタリティ産業、スポーツフィッシングや商業漁業なども抱えています。
サンディエゴ港には「働く」「遊ぶ」「観光する」など多様な目的で人々が訪れますし、私たちは経済的なメリットだけでなく、沿岸の健康性やサステナビリティも大事にしています。
サンディエゴ湾は地域経済の活性化に寄与しています。既存の産業を支えるために、10年ほど前から「パイをどう広げるか」を考え始めました。私たちには課税権があるものの、行使はしていません。その代わり、シビック・アントレプレナーとしての役割を担うことに重点を置いているのです。10年ほど前にブルーエコノミーへの関与を強め、スタートアップや自然に優しいソリューションなどを支援し始めました。
シャーロット・ハワード
先ほどの話や他の方々の話から、「さまざまな関係者の間で共通の目標を持つこと」の重要性が語られていますよね。ただ、実際には共通目標がなかったり、ステークホルダー間でトレードオフがあって合意に至らない場合もあると思います。そういうときはどのように対処しているのでしょうか?
ジェイソン・ギッフェン
サンディエゴ港の仕組みを見れば分かるように、もともとバランスを取ることが内在化されています。航行・商業・漁業・レクリエーション、そして環境保全といった複数の責務があり、それらは時に衝突もします。設立当初から、この緊張関係とどう折り合いをつけるかという課題に取り組んできました。
私たちが目指すのはトリプル・ボトムラインで、経済・地域社会・環境をすべてよくすることです。たとえば気候対策プラットフォームでは、緩和・適応・炭素隔離の3本柱を掲げています。サンディエゴ湾の水質向上でも多くの施策を行ってきました。ただ、やはりさまざまな利用者間での利害衝突はあるので、ステークホルダーを巻き込みながら最適解を探っていくプロセスが重要ですね。

新しい取り組みの導入拡大へ
シャーロット・ハワード
もう1つ、先ほどジェイソンと少しお話ししていて興味深かったのが、数十年前に作られた環境規制が必ずしも現在の課題に対応していない、という点です。アメリカでは、新規プロジェクトを立ち上げようとすると膨大な環境影響評価書が必要になり、それがかえって環境に良い影響をもたらすプロジェクトの進行を妨げる場合もあります。こういった状況をどう変えれば、有望なプロジェクトをもっと後押しできるのでしょうか?
ジェイソン・ギッフェン
そうですね。新しい開発を行なうとなると抵抗があり、昔ながらの規制が障壁になることがあります。たとえば、私たちは海岸線のレジリエンス向上に取り組んでいますが、従来の護岸用のリップラップ(大きな石)は確かに資産を守りますが、生態学的な機能に乏しい。そこで、ある企業と協力して「モジュール型タイドプール」を開発し、特殊なpH調整によって海洋生物を引き寄せようとしています。
しかし、前例がないため、規制当局としても判断を躊躇するわけです。そこで私たちはパイロットプロジェクトに重点を置き、たとえば「このモジュール型タイドプールを使えば、従来に比べて40~50種類多くの生物多様性が確認できました」という結果を示すようにしています。そうすればコンセプトが実証され、規制当局も導入拡大に前向きになります。
サステナビリティに関しては、市場チャンスと規制整備を待つことの間に緊張関係があります。もし規制が整うのを待っていたら、外部資金を逃してしまうかもしれません。だからこそ私たちは先回りして行動しようとしているのです。

各国の港で足並みをそろえる必要性
会場からの質問を募りました。
会場にいる参加者
ジェイソンさんにお聞きしたいのですが、先ほど「船は速力を上げて港に急ぎ、その後ただ待っている」という運航モデルの問題を耳にしました。これを解決する手段として、「ジャストインタイム輸送」などの取り組みをほかの港湾と連携して行なっているのでしょうか? もし行なっていないなら、その理由は何かあるのでしょうか?
ジェイソン・ギッフェン
ありがとうございます。サンディエゴ港は中規模の港湾で、いわゆる巨大コンテナ港ではありません。扱うのはバルク貨物やブレークバルク貨物、生鮮品、車両が中心です。「ジャストインタイム輸送」はコンテナビジネスでよく議論されますが、当港ではスケール上、影響力は限定的です。
とはいえ、陸上インフラ整備は非常に重要だと考えています。岸壁で並ぶ時間をなくし、陸上電源を使えるようにすることが大切です。また、船舶の運航を最適化して環境負荷を減らすために、任意参加の「速度削減プログラム」も導入しています。
会場にいる参加者
先ほどの質問に関連して、港が新しくて効率の良い船を運航する海運会社に単純に優先入港を与えるなどの措置をとることは可能だと思いますが、いかがでしょう?
ジェイソン・ギッフェン
そうですね。たとえばロサンゼルス港などは優先バースを検討していると聞いています。サンディエゴ港ではすでに陸電接続や速度削減プログラムを導入しており、今後も持続可能な運航を促進するためのインセンティブを検討しています。続報をお待ちください。
シャーロット・ハワード
やはりラディカルな連携を実現するには、複数の港が足並みをそろえる必要があるようですね。1つの港だけの取り組みではスケールメリットが得られないでしょうし、それに港同士で協力したい一方で競争関係もあるという緊張感もあるかと思います。
シャーロット・ハワード
この議論は今後も続けられると思いますが、本日はお二人とも本当にありがとうございました。
■前回の記事はこちら
ワールド・オーシャン・サミットが日本で初開催!パネルディスカッション「海洋汚染ゼロへの長い道のり」をレポート – SDGs特集記事|リンクウィズSDGs
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