ファストファッションの裏側を探る――アジアの工場で起こったこと、2024年のいま起きていること
SDGsが採択される前から「ファストファッション」の問題はマスコミ等で取り上げられ、生活者にも知られるようになりました。しかし、話題の表層部分では知っていても、詳しく知る人はそう多くはないのではないでしょうか。そこで今回はアジアの縫製工場で何が起こっているのかを知る長田先生にお話をお伺いしました。
【Profile】長田 華子(ながたはなこ)先生
茨城大学人文社会科学部 法律経済学科 准教授
東京女子大学文理学部卒業。お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士後期課程修了。2014年から現職。主たる研究テーマとして、バングラデシュやインドに加えて日本(東北地方)の縫製産業とジェンダーがある。主な著書は、『990円のジーンズがつくられるのはなぜ?―ファストファッションの工場で起こっていること』(合同出版、2016年)。
バングラデシュで目の当たりにした縫製産業の実態
――ファストファッションを深く知ったきっかけを教えていただけますか?
元々私は「ファストファッション」の問題というよりは、「バングラデシュの縫製産業と、そこで働く女性の実態を知りたい」と思って研究をしていました。
2005年にNGOのスタディーツアーで初めてバングラデシュへ行き、首都ダッカで目にした光景は今でも鮮明に覚えています。
夕方、私たちが、農村部から首都のダッカにバスで戻ってくると、多くの若い女性たちが、家路を急ぐように歩いていました。
「一体、この女性たちは何をしている人たちだろう?」という疑問から、私は彼女たちに興味を持ちました。
バングラデシュはイスラム教徒が多い国です。日本では、イスラム教徒の女性は、自由な外出を制限されているのではないかと思っている方が多くいるかもしれません。しかし、私が、首都ダッカで見た女性たちは、どこか凛々しく、たくましく見え、私たちがイメージする女性像とは異なるように感じました。帰国後、興味を持って調べると、彼女たちは、首都ダッカに乱立する縫製工場で働いていることが分かりました。
縫製産業はバングラデシュ経済の屋台骨と言える産業で、外貨獲得手段の一つです。
縫製産業で働いているのはおよそ7割が女性であり、バングラデシュの経済を支えているのは彼女たちかもしれないと思いました。働いている女性たちの多くは、農村部の低所得階層の出身者です。
彼女たちが、首都ダッカの縫製産業で就労し、毎月賃金を得ることで、彼女たちがおかれた状況がどのように変化するのか、それとも変化しないのかに興味を持ち、研究を始めました。修士課程、博士課程で研究を続け、2007年から2008年にはダッカ大学に留学して研究を進めました。
留学時は、ダッカを中心に地場の縫製工場を30~40社ぐらい回りました。多くの工場では、十分な換気がされておらず、照明も暗く、床には生地の切れ端や糸などが落ちており、働く人々にとって、快適な環境とは言いがたい状況でした。
当時は、工場を回り、女性たちの経済状況を調査することに重きを置いており、各工場で、どんな服を作っているのかということにそれほど関心を向けてはいませんでした。
私が、明確に、バングラデシュの縫製産業とファストファッションを関連付けて意識するようになったのが、ファーストリテイリングの代表取締役会長兼社長である柳井正氏が2008年11月に、「バングラデシュを中国に次ぐ第二の生産拠点にしたい」とする趣旨の発言でした。
その背景には、2008年前後に、中国の労働者の賃金が上がり、中国が安価な洋服を作る環境に適さなくなったことが挙げられるでしょう。このファーストリテイリングの動きは、日本の縫製企業にも影響を与え、バングラデシュの縫製産業が注目を集めるようになりました。
私自身も、日本以外の外資系アパレル企業が、日本企業が注目する前からバングラデシュに衣服生産を発注しているということを、自覚的に研究に取り入れていく過程で、ファストファッションについても関心を深めるようになりました。
「下請け」の構造こそ大きな問題点
――実際、ファストファッションの問題点は何だと思われますか?
それは、多くの先進国のアパレル企業が衣服の生産の過程を、バングラデシュをはじめとするアジア諸国の工場に下請けしているということだと思います。この下請け工場に衣服生産の発注だけをしている場合、工場で何か問題が起きた際にアパレル企業側が自社の責任を回避しやすいという点です。
バングラデシュでは、従業員数が1000人以上の大きな工場もあれば、従業員数が10人未満の小さな工場もあります。大きな工場で生産が追い付かない場合には、下請けに出すこともあり、時には下請けの下請け、またその下請けのような状況も発生します。こうした下請け構造が続くと、おおもとの先進国のアパレル企業には、末端の工場の状況までは見えてきません。
また、バングラデシュの地場の工場で労働争議が起こったり、賃上げ要求が起きても、労働者が怒りの矛先を向けるのは地場の下請け工場だけです。大もとの先進国のアパレル企業にとっては、ただ、その工場に衣服生産の発注をしているだけですので、責任を免れることができるのです。
しかし、2013年4月24日に、バングラデシュで起きたラナ・プラザの事故(※1)では、死者数が1000人を超え、その様子は世界中のメディアで報道されたこともあり、先進国のアパレル企業も責任を免れられなくなりました。ラナ・プラザの事故以降、欧州系の企業とアメリカ系の企業は、それぞれ、バングラデシュの縫製工場の安全性や労働環境を改善するための組織を作り、対策に乗り出しました。
しかし、そうした安全対策にかかる費用負担は、地場の工場に委ねられているなど、抜本的な解決策につながったとは、言い切れず、ほとんどの先進国企業の責任は免れているままです。
※1 2013年4月24日、バングラデシュの首都ダッカにある8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」が崩落した事故。バングラデシュ史上最悪の産業事故として、後に世界中でファストファッションの問題点が指摘されるきっかけとなった(参考:日本経済新聞、JETRO海外ニュース)
ラナ・プラザ後も続く、低価格競争
ラナ・プラザの事故は、世界中に、ファストファッションの問題を突きつけました。事故の後には、欧州を中心に、問題を起こしたアパレル企業に対する不買運動や、デモ活動も行われ、日本でもそうした動きが一部では見られました。
しかし、その一方で、現在に至るまで、アパレル商品をめぐる低価格の競争は続いており、私たちは、これまでと同様に、低価格の洋服を購入するという消費スタイルを続けているのが現状です。
先進国のアパレル企業の多くが、そうした消費者の意向を踏まえて、安価な洋服を大量に作ることを続けているのです。ラナ・プラザ後に、バングラデシュの縫製工場の経営者への聞き取りをしたところ、先進国のアパレル企業の担当者は、1円でも安い工場に注文を依頼する、その要求を呑まなければ、受注を取り付けられないことから、多少無理をしてでも要求を呑まざるを得ない、ということでした。こうした、先進国のアパレル企業と途上国の縫製工場の間の主従関係は、ラナ・プラザ以降もまったく変わっていないのだと、その時に感じました。
こうした先進国と途上国の主従関係は、工場のみならず、バングラデシュ政府の対応にも見受けられます。「底辺への競争」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。国家が、外国企業を誘致したり、発注を取り付けるために、減税や労働条件の切り下げなど、外国企業にとって有利な政策を選択し、他国との競争を優位に進めることを指します。
バングラデシュにとって縫製産業は、外貨獲得の重要な産業であり、その発展はバングラデシュ経済にとって不可欠です。ラナ・プラザ後の最低賃金の引き上げや犠牲者への補償を巡る対応が遅い、不十分であるという批判や、その後の労働者によるデモを厳しく取り締まる政府の行動からは、やはり、自国の国民の厚生を引き上げることよりも、先進国企業にとって有利な政策を選択していると言わざるを得ません。ラナ・プラザの事故は、先進国企業とともに、バングラデシュ政府、工場が引き起こしたものだともいえるでしょう。
ファストファッションの問題はいつまで続く?
――消費者による低価格志向とアパレル企業の低価格競争が続き、その裏には、先進国のアパレル企業と途上国の縫製工場との間に主従関係があるということですが、こうした状況は、いつまで続くと思いますか?
残念ながら、今でも続いていますし、今後も続くでしょう。
その一端は、コロナ禍に現れました。コロナ禍では、服の需要が欧米でも日本でも減りました。
先進国のアパレル企業は、発注を一方的に停止する、原材料や完成品商品の支払い停止をするなどの対応をとり、結果として、バングラデシュをはじめとする途上国では、多数の縫製労働者が解雇されるという事態が発生しました。当然、解雇されれば、給料は得られず、食べることにも困る生活困窮者を多数発生させることになりました。
コロナ禍のバングラデシュの縫製産業や労働者の状況から分かることは、両者が、常に、先進国のアパレル市況、消費動向に、大きく左右されるのだということです。このほかにも、ファストファッションの問題は、温室効果ガスの排出や淡水資源の使用量が多いなど、環境への負荷が大きいことなど、多数あります。
こうした状況がいつまで続くかという問いに対しては、私たち消費者が安価な洋服を消費し、アパレル企業が大量に服を生産し続けている限りは、そして、先進国企業と途上国の縫製工場との主従関係が解消されない限りは続くだろうというのが、私の答えです。
次回特集記事は長田先生に、ファストファッション問題を解決するために私たちができることを伺います。
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