バイオマスで何が変わる?これからの世界
バイオマスという言葉はSDGsの言葉が出始める頃よりも以前からあったものです。しかし、SDGsの目標を達成するには有効だという風に最近は言われ始めています。
バイオマスの発展により、どのようなことが実現し、私たちの社会がどのように変わる可能性があるのでしょうか。長年バイオマスを研究されている山梨大学の大槻准教授にお話を伺いました。
【Profile】大槻 隆司(おおつき たかし)先生
山梨大学生命環境学部生命工学科准教授
研究分野は、応用微生物学、分子生物学、生物機能利用によるものづくりなど。研究テーマは複合微生物系構造・機能の解明と応用、バイオマスの有効利用、微生物機能の高度利用などで、現在もバイオマスの可能性について研究し続けている。
「バイオマス」は身の回りのもの
ほぼすべてが当てはまる
――バイオマスをひと言で言うと、「生物由来の有機物」という認識で合っていますでしょうか?
そうですね。日本では、政府が「再生可能な、生物由来の有機性資源で化石資源を除いたもの」と定義づけをしています。
これをもう少しかみ砕いて言うと、生物由来のものは、燃やして二酸化炭素になったとしても、別の植物が吸収し、また有機物をつくれるという意味で再生可能であるということです。そしてここから化石資源を除くというのは、世界共通です。
――実際に、どういうものがバイオマスに当てはまりますか?
「再生可能な、生物由来の有機性資源で化石資源を除いたもの」を定義とすると、私たちの身の回りにあるもののほとんどすべてが当てはまります。
私たち人間は、太古の昔から生物由来の有機物を頼って生きてきています。
例えば昔は薪を燃やして暖を取ったり、食事をつくっていましたし、植物(麻など)を撚り合わせて衣服をつくったり、木材で家や家具をつくったりもしています。これもバイオマスです。
さらに言うなら、私たちが普段食べているものは、肉や魚、野菜など元はすべて生物由来の物です。
私たちが食事をした後に出てくる排泄物も、昔は肥やしにして畑にまいていましたので、私たちの生活はバイオマスで成り立っていると言えます。
しかし化石資源でできているものは「バイオマスではないもの」になります。たとえば、石油由来の製品やプラスチック、あとは化石資源ではありませんが金属などがバイオマスに当てはまりません。
――ということは、昔の生活に戻ればいいということでしょうか?
そうですね。極端に言うと、地球の温暖化を止めるのなら、人類すべてが縄文時代の生活に戻れば食い止められるかもしれません。ですが、それは嫌ですよね?
特にここ100年ぐらい、人類は石油に頼りきりです。
石油は便利でものすごいエネルギーを持つため、それに頼った生活になりました。プラスチック、燃料、電気はすべて石油からつくられています。しかし今後は、それを再生可能なものに置き換えていくことが、私たちがやらなければいけないことだと考えています。
バイオマスと化石資源の違い
――「石油由来の化石資源」は、石油、プラスチック以外にもありますか?
化石資源と言われているのは、原油、天然ガス、石炭です。
ここからは少し科学的なお話になるのですが、バイオマスの元素は何で出来ているかというと、C(炭素)、H(水素)、O(酸素)、N(窒素)までが主要成分で、約9割を占めています。あとは、P(リン)、S(硫黄)や微量の金属が生物に含まれています。実はこの構成は、化石資源も基本的には変わりません。化石資源は、Oは少ないのですが、CとHだけになっているものを、現在使っています。
それでは、今地球上にあるバイオマスと化石資源で何が違うのかというと、このCとHとOの繋がり方が違うということです。つまり、極端なことを言うと、繋がり方を変えれば、他の物質からも燃料をつくることが可能だということになります。
――そうなると、化石資源も元素の配列を変えれば問題がない気がするのですが、それは違うのでしょうか?
化石資源は、化石という名前がついている通り、大元は恐竜がいた時代ぐらいの植物や生物の遺体です。ですから、そういう意味では大昔のバイオマスなのですが、年月とともに地上にあったものが地下深くに埋もれていきました。それを、わざわざ人間が掘り起こして使っています。
化石資源は、炭素と水素が主に入っているため、それを取り出して燃やすと二酸化炭素が生まれます。そこに問題があるわけです。この認識は、世界の科学者全員が一致しているところだと思います。
――つまり人間は掘り起こさなくていいものを掘り起こして使っているということですね。
そうなりますね。
ただ化石資源はとても使いやすく便利なものだったため、使うことをやめるのが難しい状況です。例えば、軽油やガソリンを使うのをやめて、昔のように薪で車を走らせますか?と言われれば、誰も賛同する人は出てきません。だからこそ、難しい問題になっています。
バイオマスはどう発展してきたのか
――バイオマスという言葉が使われるようになったのはいつぐらいなのでしょうか?
おそらく1990年代ぐらいから盛んに言われるようになったと思います。ただ、バイオマスという言葉が使われる前から、生物由来の有機物を利用する技術はありました。そして、日本でいわゆる再生可能エネルギーが意識され始めたのは、1973年のオイルショックの時代です。
石油が輸入できなくなり、トイレットペーパーがなくなるニュース(※)をご覧になった方もいるかと思います。
「石油がなくなるかもしれない」という危機にさらされ、エネルギーは石油だけに頼るのは危ないと言われ始めました。その結果、日本は原子力に力を注ぐようになりました。それ以前には水力も発展していたのですが、今は原子力と太陽光発電が主に推進されています。
※注:トイレットペーパー自体は木材のパルプが原料ですが、「紙をつくる機械を動かす石油がなくなる」などの噂が広がり、買い占め騒動が起こったと言われています。
世界的に見ると、バイオマス利用の意識が強くなったのは2000年代です。
アメリカが中心となって、トウモロコシを原料にバイオエタノールをつくり、車を走らせようという国策を打ちました。トウモロコシ由来の燃料で車を走らせることはできましたが「トウモロコシを高く買うからつくってほしい」と農家に言ったところ、多くの農家がトウモロコシをつくるようになり、小麦などをつくっていた人たちが少なくなってしまいました。
2000年代後半に日本で小麦が値上がりしたのは、この影響を受けています。そのため、食料を燃料に変えると供給に影響が出るのが問題で、地球上には飢えている人がいるのにそれを燃料に変えるのも問題だとされ、この策は失敗に終わったのです。
そこで近年では「みんなが『いらない』と言うゴミや廃棄物を燃料に変えればいいのでは」という考え方に落ち着きつつあります。
ただ私個人で言うとアメリカが政策を始める前から「廃棄物を燃料にするのが良い」と主張しており、20年ぐらい経ってようやく時代が追い付いてきた感じはあります。
バイオマスは、必要に迫られて発展をしてきましたが、それと同時に世の中に「化石資源をバイオマスに切り替える必要がある」と言われ続けて、すでに30年が過ぎています。しかしまだ、化石資源に頼った暮らしをしているのはなぜだと思いますか?
化石資源は小さい容量で大きいエネルギーを持っている燃料です。
100年前の産業革命期の蒸気機関車から始まり、人々は簡単に使えて楽な化石資源に傾いてしまいました。そして、化石資源に頼った技術開発を100年行ってきた結果、今は石油がないと何もできない状況になったわけです。
工場での製品製造や車のエンジンなど、現在の社会を支える技術は純粋な物質を使うのが前提になっています。化石資源由来の燃料は純粋に近い物質で、特にガソリンや石油は液体なので持ち運びも容易です。化石資源に合わせた技術開発をしてきたため、そういった技術ばかりが蓄積してきました。
一方でバイオマスは様々な物質が混ざり合っている状態です。これらを純粋な物質にするのは難しく、コストがかかります。
例えば、最近ガソリンが高騰していますが、現在のバイオマスでガソリンをつくるとリッター1000円ぐらいになり、誰も買ってくれません。競合できるくらい価格を下げる必要があります。
化石資源はワンステップで燃料に変えられますが、バイオマス燃料をつくるのはステップ数も多いため、コストが高くなるだけでなく、燃料を作るためなのに大きなエネルギーを消費することになりデメリットとなります。
時間をかけて燃料にしても得られるエネルギー量は化石資源よりも低くなるため、まだまだ研究を重ねる必要があります。
大槻先生の研究室で行われていること
――先生の研究室の資料には「すべての有機廃棄物を生物のチカラで有用物質に変換して活用することをめざしています!」と書かれていました。生物変換とは何でしょうか?
先ほどお伝えしたCHOの繋がりを、生物の力を借りて別の繋がりかたにして役に立つ物質に変えることを「生物変換」と言っています。その点で長けた能力を持っているのが微生物です。
微生物は私たちの身体に悪い影響を及ぼす病原菌などもいるのですが、役に立つ微生物の方がはるかに多く存在しています。
微生物たちの能力を見極め、ゴミを食べてもらい、別の物質に変える研究をしています。
――具体的にはどういうことができるのでしょうか?
例えば河川敷に生えている雑草。実はこれもバイオマスになります。
まだ実験段階ですが、微生物がいる瓶の中に雑草を入れると、都市ガスの成分であるメタンをつくれます。現状はメタンができるまで90日ぐらいと時間がかかりますが、世界では「草だけを原料にメタンをつくるのはあり得ない」と言われていたので、それを考えると大発見です。
また、本学は山梨にありワインが名産の名産地でもあります。
ワインメーカーさんでは、ブドウの搾りかすが大量に出ます。搾りかすの廃棄に苦労されていますが、これもバイオマスに使えるんです。
ただ、美味しいところはワインにした後の搾りかすなので、微生物にとってもあまり食べやすい状態ではないため、途中で一工夫をする必要があります。
私たちが考えたのは、まずキノコに食べてもらうということです。その後に水素を作る微生物に与えると、キノコを介さない場合と比べて多くの水素をつくれることが分かりました。
水素は自動車や発電の燃料に有望だと言われているので、エネルギー供給の手段の一つになる可能性があります。
他には、液体燃料そのものをつくる微細藻類があります。この藻類は、先ほど説明したメタンをつくった後の排水に加えて、お日様の光と二酸化炭素があれば育ちます。
顕微鏡で見ると、ガラスではさんでギュっと押せば透明の液体が出ます。この液体は、重油や軽油に近い成分です。つまり、この液体から車の燃料などがつくれるということです。
この微細藻類は、自分の体重と同じぐらい燃料の成分をつくることができます。理論上はガソリンスタンドに売ることもできる燃料をつくれるのですが、育つのに時間がかかるため、今の技術ではリッター500円ぐらいになってしまいます。もっと早く、もっと大量につくる方法を研究しています。
――この微細藻類は、絞り終わった後に、また成長できますか?
はい、できます。
細胞内に油を貯める他の微細藻類では細胞を破裂させないと油が取れないのですが、私が研究する微細藻類は、少しの圧力で油を外に出すため、何度でも繰り返してつくり続けてくれます。
さらに面白いのは、この微細藻類に他の微生物……例えば特定のバクテリアが引っ付いていると、油をつくる能力が一気に上昇します。他のバクテリアの力を借りると、もっと生産量を増やせることもわかっており、そこにも注力しています。
また微生物は燃料をつくるだけではなく、プラスチックの原料をつくることもできます。研究を進めると、他にも何かの原料をつくる微生物を見つけられるのではないかと考えています。
そして燃料は値段が安いので、燃料生産だけでは費用対効果が悪いため、費用対効果の高いものの抱き合わせも考えています。そのうちの一つが漢方薬の原料になっている薬草づくりです。
薬草はこれまで、9割がた中国からの輸入に頼ってきましたが、政治情勢によって中国からの輸入が厳しくなっています。そこで国内で薬草をつくることが検討されています。
つくれと言われて、すぐにつくれるものではないのですが、ここでも微生物が役に立たないかと思い、実験を進めてみました。すると、微生物を使用すると薬草の育ちが良くなると分かりました。
燃料をつくったあとの残り粕も薬草栽培に使うことができます。
薬草は燃料よりも高く売ることができるので、燃料生産と抱き合わせることで全体として利益率が上がり企業も参入しやすくなります。同時に、廃棄物が残らないようにすることができます。
すべてが循環できる流れをつくることが理想です。
――研究室では、どんな企業と連携をしたいですか?
一次産業の農林水産業はバイオマスの宝庫です。加工をして食品にする二次産業も加工工程で廃棄バイオマスが出ますし、それらを提供する飲食業や観光業でも廃棄バイオマスが出てきます。
私としては、今までお話をしたような形で、廃棄物を役に立つものに変えて、出来れば地域社会に戻して使ってもらえるようなループづくり、永続的に続いていくような社会をつくることに興味を持ってくださる企業であれば、ぜひ提携させていただきたいと思っています。
ただ、こういった取り組みは1〜2年で成果が出るものではないので、企業さんにはいつも長い目で見てくださいというお願いをしています。
これからの研究は世界を見据えて
――大槻先生は、今後どのような研究を行いたいですか?
先ほどお話しした循環が実現できるように、走り続けたいと思っています。
また、地球上にいる生物の力を借りる、共存して力を借りるというのは、これからの時代には必要だと思っているので、そこに関わる研究を続けていきたいと思っています。
バイオマスの成分はCHOですが、重油やガソリンも同じCHOで構成されているので、変換することは可能です。だからこそ、今は安く早くつくることが最重要課題です。
近い将来としては、地域で出た廃棄雑草をメタン(都市ガス)に変換し、雑草を変換して、電気や燃料として供給し、その地域で使い切る流れをつくりたいです。
山梨県はざっくり6つの地域に分けられるのですが、それぞれの地域の生産物が違うので、得意不得意は出てくるかと思います。
それぞれの場所で、それぞれのものをつくり、お互いに電気や燃料も融通しあって県内で自給自足ができるようにしていけるようになればと思っています。それができたら、次は県同士でも足りていないものや多くあるものを交換しながら、例えば山梨と北海道や沖縄がやり取りをする。さらには国同士で交換する。それが理想形です。
そのためには電力を最適化配分するマイクログリッド技術などの進歩も必要なので、まだまだ先の話にはなりますが、これからも生物を用いた技術をつくっていきたいと思います。
バイオマスの課題と、その先の未来
――バイオマスが利用されることによって、越えなければいけないハードルはありますか?
人類は今まで、石油ありきの生活をしてきたため、いきなりバイオマス利用に転換しろと言っても難しいと思っています。
現状ではバイオマス関連産業は、経済的に儲かりにくい構造になっていますし、他のエネルギーですでに儲かっている人たちはむしろ転換したくないわけですから、政治家もなかなか応援しにくい状況が、ハードルの一つです。
もう一つは、バイオマスはうま味が少ないため、地産地消がベストだと思っています。
例えば山梨だったら、山梨で出た廃棄バイオマスを別の役立つものに変えて、そこで消費するのが基本です。
もし、足りないものがあれば、近場にある多く持っているところから融通してもらう。そんなやり取りが地域間でできると、さらに広がっていくと思います。
ただこういったネットワークをつくるには莫大な資金が必要なため、国主導でないとできません。
これからの国のためになるので、少しずつでも進めていってほしいと思います。
市民の立場から考えると、問題になるのは廃棄物の捨て方です。
廃棄物はもともと様々なものが混ざっており、単一ではありません。バイオマスで一番時間と手間がかかるのが、単一組成にすることです。
生ゴミの中に木が入っていると、それだけで使いづらくなりますし、プラスチックが入っていれば使えなくなります。そのため、ゴミ出しをする時には、市民の理解もとても重要になりますし、協力してもらう必要があります。分別がしっかりできると、バイオマス社会の実現も早まるのではないかと思います。
実は、日本はバイオマスに特化すると、とても資源に溢れた国です。
C、H、Oの元素は、二酸化炭素と水に含まれるため枯渇することはありません。
また、窒素とリンと硫黄については、今までに日本は海外からかなりの量を輸入していて国内に蓄積されています。仮に、石油資源が一切使えなくなった世界でバイオマスだけを使うことになれば、日本は燃料を輸出できる国になると見ています。
まだまだ先の未来の話になりますが、四季があり多彩な自然のある国である日本だからこそできることです。
また、私はここ数年のウクライナ侵攻や中国の問題など、地政学的なリスクを感じています。
万が一の時に、誰も助けてくれなくなる危機感はありませんか?
日本は、エネルギーも食料も自給率が低いため、海外からの支援がなくなれば全員が飢え死にしてしまいます。自分の国を守るという言う意味でも、今現在虐げられている農林水産にもっと目を向けるべきだと思っています。バイオマス資源を活用するためにも、農林水産の力は必須です。
国内の食料自給率を上げ、その廃棄物を使ってエネルギー自給率を上げることができれば、万一のときにも日本はじゅうぶん生き残っていけると考えています。
また世界的に見ても、それぞれの国でバイオマスベースで回るような技術が行き渡ると、食料とエネルギー問題が解決されるので、格差や紛争は減ります。そういう意味でも、バイオマスは世界平和にも貢献するものだと思っています。かなり壮大な話になってしまいましたが。
現時点でバイオマスを普及させるメリットは、化石資源の使用量を減らせることです。
これによって地球温暖化や環境破壊を抑制できるはずなので、やはりバイオマスは研究を進めていくべきテーマだと思っています。
―― 書籍/活動紹介 ――
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