未来を守る人材を育てる。SDGsを推進していくための「教育」とは?
SDGsの実現には欠かせない「教育」。SDGsが掲げる目標の「4:質の高い教育をみんなに」だけでなく、教育の質を高めることがSDGs全体の実現に寄与すると考えられています。
北九州市立大学の眞鍋和博先生は、SDGsをはじめとする社会の持続可能性と教育の関係について実践と研究を行っています。SDGsを推進していくためにはどのような教育が必要なのか、お話を伺いました。
【Profile】眞鍋 和博(まなべ かずひろ)先生
14年間の企業勤務を経て、現在は北九州市立大学の地域創生学群教授。ESDやSDGsなど社会の持続可能性と教育の関係について実践と研究を行っている。2022年9月から1年間の海外研修として、イギリスの大学院でMBA取得を目指している。
第一歩は、社会問題や環境問題を知ることから
――SDGsを推進するための教育として、まず大切なことは何だとお考えですか?
第一歩としては、社会で起こっていることに関心を持つことです。大学生ならそれは純粋な興味で良いと思います。
特に重要なのは社会人。自分のビジネスに関係するところしか見えなくなってしまいます。社会問題や環境問題を解決するためには、まずは幅広く現状を知らないと始まりません。
――眞鍋先生は、学生時代に120種類ほどのアルバイトを経験されたと伺いました。そこで、社会のあらゆる側面を知るきっかけになったのでしょうか。
高校時代までは運動部で忙しく世間知らずだったので、大学時代にいろんな仕事を経験してみたんです。とにかく、世の中いろんな人がいるなと痛感しました。
たとえば、家庭教師のアルバイトでは裕福な家庭にお邪魔するいっぽう、職業安定所を通じたアルバイトではその日暮らしの日雇い労働者と一緒に働きました。陽のあたる仕事だけでなく、いろんな仕事をしている人がいることを知ったんです。
その後、リクルートに入社して、大学・専門学校の経営をサポートする仕事をしていました。高校生に対して進路指導の話をする機会も多かったんですが、学校教育に対する問題点を目の当たりにしました。構造的な問題やシステムに疑問を感じたんです。
27歳のときに、自分でちゃんと勉強してみたいとなと思って、働きながら教職課程に行って教員免許取得をめざしました。それが教育にかかわるきっかけになりました。
34歳で教育実習に行って、高校教員になろうかなと思っていた矢先に、大学から声が掛かりました。キャリアセンターの教員として、キャリアセンターの設置とキャリア教育の体系づくりを3年ほど務めたあと、地域創生学群の立ち上げで異動して、今に至ります。
ESDに出会って変わった価値観。学生を受け入れる社会は、持続可能か?
最初は「仕事ができる学生」を育てることが目標でした。でも、2012年頃にESDに出会って、考え方が変わりました。
ESD(Education for Sustainable Development)は「持続可能な開発のための教育」ということですが、持続可能性ってなんだろう?と考えました。
それまでは、国内での就職、企業や自治体等での活躍を目指していましたが、持続可能性という目線で考えると、一気に視野が世界へと広がったんです。世界基準で見た時に、この社会は持続可能だろうか?と考えると、そうじゃない、と気付きました。
――SDGsが提唱されたのが2015年頃なので、世間的にSDGsが叫ばれ始める前から持続可能性について考えていらっしゃったのですね。
そうですね。しかしその頃はまだ具体性や専門性も薄かったですし、世間の理解もほとんどなされていない時期でした。自分で勉強していくところからのスタートでしたのですが、当時、自己反省しました。自分がしてきたことは、半分しかできていない不完全なものだったと。
どれだけ仕事ができる学生を育てたとしても、受け入れる社会が持続可能でなければ意味がありません。社会のサステナブルを追求したいなと強く思いました。
――現在は具体的にどのような教育を行っているのですか?
地域創生学群は、教育と社会の接点のあり方を追及する学部で、学生たちと共に地域や社会の課題に取り組み、実践しています。
たとえば、学生たちが高校の総合的な学習の時間で授業を行うんです。地域課題や環境問題、SDGsに関する授業の実践を通して、持続可能な社会を担う人材を育成しています。
また、大きく変わったことは、海外に向けたアンテナが立ったことです。学生たちとベトナムやカンボジアに行ったり、ヨーロッパの国と連携するプログラムも行っています。
「サステナブルって何だろう?」っていうのをカンボジアで伝えるのは、とても難しいこと。世界を知ると、世界観が広がります。
目指す人材育成、4つの思考の柱
――持続可能な社会を推進していける人材とは、どのような人材なのでしょうか?
次の4つの要素が備わった人材の育成が必要だと考えています。
1、アウトサイドイン
2、バックキャスティング
3、トレードオン
4、デザイン・アートシンキング
――1、アウトサイドインとは?
いままでのビジネスは、顧客が求めるものを作って、自社の利益になるように販売する、という考え方でした。
アウトサイドインは、社会が求めるものを作って、顧客を誘導する、という考え方です。たとえばビニールの買い物袋は、お客さんが求めるものですが環境に良くないことも明白で、アウトサイドインではありません。
社会の問題に関心を持って学び、そこから発想することが大切なのです。そのために必要な考え方が、アウトサイドインです。
――2、バックキャスティングとは?
バックキャスティングとは、高く設定したゴールを目標に、やるべきことを見つけていくという考え方です。
たとえば、弱小高校野球部を思い浮かべてみると分かりやすいでしょう。毎年予選敗退してしまうけれど、今年は県大会ベスト16を目指すのか?甲子園を目指すのか?の違いです。
ベスト16を目指すなら、今の練習を工夫するでしょう。しかし甲子園を目指すとなると、指導者を変えるとか、練習環境を整備するとか、その資金をどこから持ってくるか、という話になりますよね。
企業でこういった考え方をすると、門前払いされるような扱いを受けることが多いかもしれませんが、変革の考え方がないとイノベーションは生まれません。保守や改善も悪いことばかりではないですが、変革が必要な時期に来ています。
――3、トレードオンとは?
トレードオンは、日本には昔から根付いている近江商人の精神「三方よし」そのものです。
「売り手よし、買い手よし、世間よし」どちらかを取るのではなく、どちらも取るという考え方で、SDGsが示す「経済」「社会」「環境」を三点両立する意識につながります。
――4、デザイン・アートシンキングとは?
バックキャスティングをするために、アイデアや発想をビジネスに活かす考え方が必要です。
デザインシンキングとは、ものごとを深く多角的に見ていくことで、新しい洞察(インサイト)を生み課題を解決していく考え方。アートシンキングは、柔軟で独創的なアイデアを生み出す思考です。
ただ効率的であればいいという考えだけではなく、理にかないつつも革新的でときに突拍子もないようなアイデアが、社会を変えていくきっかけになると思います。
経済・環境・社会の3点両立で、資本主義をサステナブルにバージョンアップする
――SDGsの理念は、提言が発表された当初と比べてかなり世間に浸透してきました。しかし「SDGs=環境への配慮」というイメージが先行している節もあります。
SDGsは、決して環境問題だけの改善を提言しているわけではありません。経済・環境・社会という3つの要素について、バランスのとれた社会を実現するための目標なんです。
現在の社会問題や環境問題を生み出してしまったのは、行き過ぎた資本主義が原因だと考えています。
資本主義の基本的な性質として格差を生み出す構造を内包していると言え、それが貧困を生み出しました。モノを作り、サービスを生み経済を発展させていくことは、今までの世界にとって当たり前のことでした。しかし、それによって社会格差や環境破壊を生み出してしまった。
今までの当たり前が、人間や地球の根本的な部分を壊し続けていたんです。SDGsというのは、ようやく人間がその事実に気付いたということなんです。
経済は回さないと人は生活できません。環境問題も大事だし、社会も安定させなければいけない。3点両立ができる社会のシステムを作っていかなきゃいけない。僕の認識としては、SDGsが実現した世界は「資本主義のサステナブル版バージョンアップ」といった感じだと思っています。
ファリシテーターとして、企業と伴走する
――眞鍋先生は、「SDGsアウトサイドインカードゲーム」のファシリテーターとして活動されています。このゲームに取り組むことによって、SDGsとどう関わっていけるのでしょうか?
このゲームは、社会課題の解決と利益創出を同時に成し遂げるにはどのような考え方、態度、方法で取り組んでいけばよいかをシミュレーションゲームによって楽しく学ぶものです。
カードゲームだけを行うというよりは、企業のコンサルタントとして半年〜1年ぐらいの期間を伴走することが多いです。SDGsの観点で見て、自分たちの会社の位置付けや取り組みについて気付くきっかけを作り、どう変えていけるかを共に考えます。
――アウトサイドインであり、三方よしのトレードオンであり、未来から考えるというバックキャスティングであり、持続可能な社会に必要な考え方の要素が詰まっているカードゲームだなと感じます。
そうですね。2018年頃からファシリテーターを始めたんですが、当時はまだしっかりとSDGsを理解している人が少なかったんです。それが、ここ1〜2年で一気に変わり始めました。何かやらなきゃいけないなという雰囲気が、社会全体に出てきたのを感じています。
――参加者の反応や変化で、印象に残っていることはありますか?
モチベーションのスイッチが入る人が出てくるのが面白いです。自分の会社がやっていることが、実は社会にとっては負の影響を与えているのではないかと気付く人も多いんです。
スイッチが入って何かしらのアクションを起こす人が出てきて、たとえば子育て世代の女性たちが子どもたちに環境や社会の問題を伝えるための活動を始めたとか。
今後は、そうやってスイッチが入った状態で、いかにビジネスに繋げていくかが大事だと思っています。
MBA取得のためイギリスへ。先進国の空気を肌で感じる
――MBA(Master of BusinessAdministration:経営学修士)の取得のために2022年9月からイギリスの大学院に通っている眞鍋先生。MBAを取得すると、何が変わるのでしょうか?
正直、取得自体がいちばんの目標ではないんです。この留学の大きな目的としては、まずヨーロッパで暮らしてみたかったという思いからでした。
私の認識では、現在までの約2000年間を考えた時に、新しい社会システムを生み出してきたのは、主にヨーロッパや中国なんですね。とくに社会主義や資本主義は、ヨーロッパから生まれてきたという背景があります。
そうやって世界を動かしてきた風土の人たちがどんな暮らしをしているのか、現在のヨーロッパ社会はどうなのか、その生活を肌で体感してみたかったんです。そんな理由があって、フランスかドイツかイギリスと決めて、留学先を探しました。
――まだひと月ほどですが、体感できたことはありますか?
まだ留学中の大学周辺しか探索できていませんが、学内でもヴィーガンのコーナーが充実していたり、量り売りができるショップがあったりします。ほかにも、使い捨てのプラスチック容器はほとんど見かけないですし、ジェンダーフリーに配慮された男女共用のトイレがあったりと、進んでいるなーと感じることはありますね。
逆に、ゴミのリサイクルのシステムは、日本の方が優れているなと感じる部分もあります。イギリスは、多くを埋め立て処理をしているようです。
――留学を終えたあとの展望をお聞かせください。
実は現在も、留学しながら大学のゼミは受け持っています。北九州市立大学には、教員の海外研修が認定される制度があり、その枠で留学をしているんです。
学内の役職などの仕事は免除されていますが、今は大学の先生をしながら自分の研修をしているという感じです。
留学を終えてからは大学に戻ることになりますが、別の取り組み・仕事については、何をどの程度、どのような立ち位置で行うかはあまり決めていません。もちろん、MBAを取得する予定ですので、企業経営には何らかの形でかかわっていきたいと思っています。
SDGsはもちろんのこと、サステナブル・エシカルな視点から記事を制作する編集者・ライターの専門チームです。社会課題から身近にできることまで幅広く取り上げ、分かりやすくお伝えします。
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